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人の意識を変えるという難事業

2009年9月8日付 中外日報(社説)

手織りを通して障害者の自立運動を長く続けている女性のAさんから「人の意識を変えることほど難事業はないのですよ」と諭されたのは、十数年前のことだった。阪神・淡路大震災で高まったボランティア精神を障害者支援にも向けたいと企図して開いた講座で、Aさんに講師を依頼した時のことだ。

Aさんが独自の手織塾を始めたのは、もう四十年近く前。色とりどりの糸を簡素な織り機で織物に仕上げる独特の技法で、素人でも簡単にカラフルな作品が作れる。創意工夫次第で市場に出すこともできるが、障害者が無心で織ったものがいい評価を受けることが多いという。各地に手織教室を開き、障害者に生きがいと希望、自信を育み、能力を社会的に認識させることに貢献してきた。冒頭に紹介した言葉は、その自負から出たものであろう。

新聞記者であった筆者は、障害者への理解を深めるため文章を磨くことに腐心していた。文章の力で意識を変えようと考えた。だが感性にかかわる織物が、それ以上にコミュニケーションの役割を担えることに気付かされ「目からウロコ」の気分を味わった。文章で説くよりも、障害者が織り出した美しい織物という実物で示した方が、はるかに訴える力が強い、と。Aさんは九十歳を超えた今も元気に活躍されているそうで、難事業への挑戦にエールを送りたい。

このような話を持ち出したのは、総選挙で自民党が歴史的な大敗をしたことからの連想だ。

心理学に「確証バイアス」という用語がある。人は一度先入観を持つとそれに沿う情報は受け入れるが、逆の情報は無視するか拒否する、あるいは不当に低く評価する心理をいうそうだ。その先入観は、自分が属する集団の見解で形成されることが多い。集団の見解に従っている方が無難だし、やがてそうすることが正しいと確信する。内輪の論理に凝り固まると外の世界が見えなくなる、と言い換えてもよさそうだ。

今回の選挙結果は、すでにさまざまな角度から論評されており、重複は避けたい。ただ、上述のことに関連付けると自民党は戦後、ほぼ一貫して与党の立場でいるうちに閉塞感の深まる世間が見えなくなった。自民党政治への不満のうっ積は、野党が圧勝した二年前の参議院選ですでに証明されていた。しかし、惰性に流れ、今度は衆議院で「四分の一政党」に転落するという強烈なしっぺ返しに遭った。危機感を持つ議員もいたのだろうが、例えて言えば独創的な織物の技法を考案するような党内の努力と工夫が足りなかったのだろう。人の意識を変えることは難しいのである。

ところで今回の選挙では民主党が三百議席を上回るかもしれないと、事前の世論調査結果をマスメディアが一斉に報じていた。人気投票のようだとの批判もあるマスメディアの世論調査だが有権者の想像もしないような結果にならぬよう、あらかじめ情勢を知ることに重要な意味があるとされる。独裁政治を防ぐ仕掛けの一つともいえるが、近年は世論調査のバランス調整機能が弱くなったように筆者は感じている。バンドワゴン現象というそうだが「勝ち馬に乗る」傾向が強く、小選挙区制では特にストレートに表われやすい。

今回はオバマ政権誕生のような「変化」を求める潮流と「自民党を罰する」という有権者の強い意志が、結果につながったようだ。だが、世論調査で醸成された雰囲気が一気に一定の方向に押し流していくようなことが続くとすれば、それにはいささか危惧を持たざるを得ない。

話を戻すと「永田町の常識は国民の非常識」と、よくいわれてきた。世襲議員の是非論もその一つだ。社会的批判が強まり、今回の選挙では候補者が制限され世襲議員が大幅に減った。この点は、さすがに永田町の意識も変わってきた。

ただ、これは仏教界も無縁の問題ではないと思う。心の時代を迎え、寺院の社会的役割が議論されることが多いが、考えておくべきテーマの一つだろう。