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「幸福実現党」が投げかけたこと

2009年9月5日付 中外日報(社説)

大方の予想通りであったが、第四十五回衆議院選挙は民主党の大躍進という結果になった。自公政権が野に下ったことで、宗教と政治のかかわりにも、幾分は影響が及ぶかもしれない。また今回の選挙では、幸福の科学が「幸福実現党」を結成し、国政選挙に進出したことによって、宗教と政治について新たな関心が呼び起こされたといえる。

大川隆法総裁を創始者とする幸福の科学は、平成三年にいわゆる「講談社フライデー事件」があって以後、比較的控えめな広報活動をしていた。従って、今年になって突然、都議選、さらに国政選挙へと進出したことは、社会からは幾分驚きを持って迎えられたようである。

今回の総選挙で幸福実現党は、小選挙区二百八十八人、比例区で四十九人の合計三百三十七人が立候補し、全員が落選した。大川総裁も比例近畿ブロックから出馬し、比例区での第一位に名を載せたが、落選したわけである。すべての候補者の得票率が低かったので、小選挙区三百万円、比例区六百万円として没収される供託金は、合計で十二億円近くに上るということになる。

宗教団体が結成した政党といえば、公明党がある。創価学会は昭和二十九年に文化部を設置して政界進出の準備を始めた。会員数十六万世帯数を数えたころであるから、現在の幸福の科学と似たような規模の時期だ。翌三十年の統一地方選挙に文化部員が立候補し、東京、横浜などで五十人を超える当選者を出した。

そして三十一年の参議院選挙で国政選挙に進出し、三人が当選し、全国区で百万票以上を獲得した。三十九年には公明党を結成し、四十二年の第三十一回衆議院総選挙で三十二人が立候補、二十五人が当選した。得票率は五・四%であった。国政選挙で得票率がピークを迎える一九六〇年代後半には十数%に達した。

より最近では、平成二年にオウム真理教が真理党を結成し、第三十九回衆議院総選挙に、東京、千葉、埼玉、神奈川の四都県の小選挙区で合計二十五人の候補者を擁立した。麻原彰晃(本名・松本智津夫)も東京四区から立候補した。消費税廃止、教育改革などを訴えている。

ちなみに麻原の得票数は一、七八三票であった。全員が落選したが、立候補した二十五人の得票数を合わせると、約一万票であった。この得票数は四都県の信者数を若干上回る数であったと推測される。

オウム真理教は、候補者全員が落選したことを選挙に不正があったからであると陰謀説を主張した。しかし、今回の幸福の科学は、敗北を認めた上で、「国難への警鐘を鳴らしたという点で、宗教政党としての重要な使命は果たし得た」と述べている。

社会の側ではこうした突然の宗教団体の政界進出の動きを、どう受け止めるであろうか。候補者計三百三十七人といえば、民主党三百三十人、自民党三百二十六人を上回る数である。それだけの候補者を出したにもかかわらず、準備は充分であったようには見受けられない。八月上旬の公示直前には、選挙から撤退するとした同じ日に、撤退しないと方針をひるがえした。党首もたびたび代わった。その一方で、全国紙に全面広告を複数回出している。

消費税撤廃、憲法九条改正、あるいは「三億人国家構想」などといった主張の評価は別として、このような状況での国政選挙への進出は、宗教団体が政治にかかわるときの姿勢というものに対して、厳しい視線を喚起する可能性がある。今回、公明党が小選挙区ですべて落選したのは、自公政権への批判ということもあっただろうが、宗教団体の政治権力へのかかわり方について、あらためて人々が考え始めたことを示しているかもしれない。

宗教団体の政治へのかかわりが政党の結成という形でなされることは、そう頻繁には起こらないと考えられる。それだけに、今回の事態は好ましい政教関係とはどのようなものかを、個々人が考え直すいい機会であろう。