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お盆に体感した二つのチェンジ

2009年9月3日付 中外日報(社説)

・合併に村の名消えて他郷めく故郷に父母の墓を洗へり  原澤 曻司

先ごろ読売新聞が募集した「平成万葉集」入選作の一首である。お盆の帰郷・墓参という伝統行事に、市町村の平成大合併という時代性を結び付けた秀作といえるだろう。

明治五年に太陽暦が採用されて以後、旧暦七月十五日を中心に営んできたお盆を、東日本では日付通り新暦の七月に繰り上げ、西日本では月遅れの新暦八月にずらした地域が多かった。しかし年を追うごとに、東日本でも「お盆は八月」が広がり始めている。特に戦後は、八月十五日の終戦記念日が亡き人を偲ぶのにふさわしいこと、また学校の夏休み期間に含まれていることが、八月移行を促進したようだ。

東京の出版社勤務のAさんも、今年の八月中旬にお盆休みを取って、秋田県へ帰省した。故郷は典型的な農村地帯である。西日本を襲った豪雨の余波が東北地方にも影響をもたらし、雨の日が続いた。Aさんも小やみになるのを待って住職に墓前での回向を頼んだ。その際にAさんは、墓山で二つの「チェンジ」を体感したという。

その一つは、ハード面の「チェンジ」だ。昔からの伝統で、本家の墓を中心に分家グループの墓が一つのブロックを形成しているところが多い。分家は、本家より大きな墓を建てないという不文律があった。ところが最近は、分家筋の墓が大きい例が増え、家の序列関係に乱れが感じられる、という。

もう一つは、ソフト面の「チェンジ」だ。帰省した子連れの若い父親が茶髪、アロハシャツ、短パン、草履といういでたちで墓前に立っている。実家の年老いた両親が、きちんとした身なりでお参りするのと対照的だ。先祖への親愛感が服装を簡略化させているのだろうが、これでいいのかなという気がした。

さらにAさんは昨今、結婚をしない男女が多いことから将来、だれもお参りしない無縁墓が増えるのではないか、とも考えた。それと同じ危惧を、八月十四日付の産経新聞朝刊「主張」欄が要旨次のように記していた。

「墓は恐らく、子孫らが参ってくれることを願って建立されたに違いない。しかし現実には、子孫が絶えるなどして、参り手のなくなった無縁墓が急増している。この傾向は急激な少子化により、ますます顕著になっていくだろう」

「主張」はさらに続く。「墳墓の地である『ふるさと』への愛着が薄れ『家』や『祖霊』に対する意識も変容してしまった現代人の『心のかたち』にまで踏み込んで考える必要があるだろう。戦後になって『家よりも個』の風潮が強まると『家』の継承は大きな関心事でなくなり、情緒豊かな『家』のしきたりも忘れられていった」と。Aさんの「チェンジ」感を見通したような筆致だ。

Aさんは言う。「結婚しない男女の多くは、ローンの利用などで、自分の墓はちゃんと用意しているらしい。だが本人が死ねば、その墓には誰もお参りしてくれないでしょう。いわんやこれまでの先祖代々の墓にも、草が生える。私の家でも、息子の代になって、墓が大切に守ってもらえるという保証はありません。いやはや大変な『チェンジ』の時代になりました」

だが、現代にあっても、変わらない心情があるのではないか。先日、神戸市で営まれた葬儀で、故人の長男は、会葬者に次のような挨拶をした。「父は生涯に戦争や阪神・淡路大震災など、四回にわたって死線を越えました。その間、自分のことより、周囲の方々のことを最優先に考えよという教訓を私たちに残してくれました」。最後は涙で絶句した。親から子へ、この気持が通い合う限り、家族のきずなは絶たれないであろう。たとえアロハで墓参する人がいたとしても。