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宗教文化研究を通じ日韓中の相互理解を

2009年8月25日付 中外日報(社説)

これから秋にかけてさまざまな学会が全国各地の大学で開催される。宗教関係で大手を挙げると、昭和五年設立で二千人以上の会員を擁する日本宗教学会の学術大会が九月十一日から京都大学で開かれる。会員数では日本宗教学会を上回る日本印度学仏教学会の学術大会は同月八、九日、同じく京都の大谷大学が会場だ。

歴史の古い組織の中には地域単位、個別大学レベル、さらに教団別の学会もある。一方で、研究領域をより特定したり、あるいは学際的な領域を設定する学会が新たに設立されている。国内外で行なわれる国際学会まで目を向けると、列挙すればきりがない。

その中で最近、新しい国際学会が誕生した。昨年八月、韓国・釜山で創立大会を挙行し、先ごろ北海道大学で第一回国際学術大会を開催した東ASIA宗教文化学会だ(本紙二十二日付1面)。

国際学会ではあるが、日本、韓国、中国を中心とした東アジア地域を交流領域とする。「宗教文化」という名称は、対象を限定するというより、むしろ自由なくくり方である。初代会長に就任した島薗進東京大学教授が「これまでにない新しい種類の国際学会」と言うのもうなずける。

こうした学会が突然生まれるわけはなく、その前史は約十五年前までさかのぼることができるようだ。本紙に創立大会のリポート(本紙昨年八月十九日付)を寄せた同学会の川瀬貴也理事(京都府立大学准教授)によれば、一九九三年にソウルで日韓宗教研究者交流シンポジウムが開かれている。この集いは日韓両国で回を重ね、二〇〇一年から「日韓宗教研究フォーラム」として再編成されて、研究者の交流は厚みを加えてきた。

その実績を基礎に、中国やその他の国の宗教研究者も参加する国際学会として立ち上げられたのが「東ASIA宗教文化学会」なのである。

といえば簡単な話に聞こえるが、「新しい種類」の学会だけに、運営は試行錯誤の部分が多いことも想像に難くはない。まず、川瀬氏が指摘していた「言葉の壁」がある。

国際学会といえば英語による発表のイメージだが、「東ASIA宗教文化学会」は研究者それぞれの母国語を使って発表するスタイルを取る。むろん、英語を用いることもできるけれど、今回の参加者の多くは日本語、韓国語、中国語で研究報告を行ない、事前に翻訳し配布された原稿を基に、通訳を介して質疑を行なっていた。

これは川瀬氏の前記リポートによれば、慣れない英語による隔靴掻痒の質疑より母国語の緻密な議論を、というのが狙いだ。国際学会としては珍しい特徴だろう。ただ、通訳を介することで、そちら側に壁が生まれる。関係者が今回の反省点として指摘した例には、例えば韓国語の発言を日本語に訳し、さらにそれを中国語に同時通訳すると、最後は内容が簡略化されてしまう、といった問題もあった。日中韓のトリリンガルあるいは中・韓の通訳の手配は、やはり容易ではない。

また、同じ宗教学の学界とはいえ、それぞれの国の事情があり、三国間の調整も至難の業だったようだ。開催校を引き受けた大会執行委員長の櫻井義秀北海道大学教授は、「学術大会を終えて今は放心状態」と語っていたが、確かにその通りだろう。

今後、学会を安定した軌道に乗せるためには組織の整備、運営の基盤固めが不可欠であろうし、「言葉の壁」を克服する課題も残った。だが、国境を超える複数の視点から問題を検討するスタイルは東アジア地域の宗教文化研究の新しい在り方を予感させるものでもあった。

何より、日韓中三国の現実の国際関係の難しさを考えれば、宗教文化という深い次元で相互理解を深める場が設立されたことの意義は大きい。この学会が幾多の困難を乗り越え、広く宗教界の理解と共感も得て可能性を切り開いてゆくことを期待したい。