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終戦の日を前に

2009年8月11日付 中外日報(社説)

「専守防衛」の概念を再検討し、「集団的自衛権」の行使に関する憲法解釈を変更、武器輸出三原則の過度の制約も緩和する――。

政府が近く予定している「防衛計画の大綱」の改定へ向けて、首相の私的諮問機関である「安全保障と防衛力に関する懇談会」(座長=勝俣恒久東京電力会長)がこのほど報告書をまとめた。

政権与党交代の可能性が論じられている衆議院総選挙が目前。しかも、憲法解釈の見直しには現与党内にも立場の違いが存在する。報告書がそのまま新しい「防衛計画の大綱」に反映するかどうか、疑問視する見方がある。その一方で、「大胆な提言」を高く評価する論調(読売新聞社説など)も現われている。

広島、長崎の原爆忌を経て、間もなく終戦記念日。戦争の惨禍を振り返る機会も多い。「戦後は終わった」という言説が広まったのはずいぶん昔で、今やそれ自体が歴史のひとこまだが、米軍基地問題などを抱える沖縄では「まだ戦後は終わっていない」という指摘もある。

昭和、あるいはそれ以前からの日本の歩みを振り返り、アジアを巻き込んだ戦争への道を突き進んで、ついに膨大な犠牲者を残して悲劇の結末に至った経緯を考えるとき、今、戦争のできる条件整備が進められつつあることに大きな危惧を抱かざるを得ない。

本紙では昨年夏、「私の八月十五日」のテーマで、何人かの宗教者の戦争体験記を連載した。先ごろ満百一歳で亡くなった松原泰道南無の会会長にも、三十九歳で召集され特攻隊員として終戦の日を迎えた経験を語っていただいたが、同じ臨済宗の禅僧である河野太通花園大学元学長は、勤労動員の学徒として天皇陛下の玉音放送を聞いた日の虚脱感を回想している。

あの歴史的な日の体験は、河野元学長にとって、一片の雲もない真夏の青空と結び付いている。回想の中で、それが一種の解放感を象徴しているように思われるのは、戦後の幾多の経験を通じた"解釈"があると考えるべきかもしれない。

「私も戦場に出て敵を倒すことが自分の使命と考える軍国少年だった」と河野元学長自身が回顧している。"聖戦"の大義を信じ、大本営発表の華々しい戦果に歓喜する数多くの少国民の一人だったのだ。

戦前の国家体制がどのようなものであれ、そもそも戦争を"期待"する世論がなければ、戦争の継続は不可能だった、と考えるべきだろう。国の政策に翼賛する勢力が、戦争遂行の条件を整え、マスメディアも協力してそうした世論が形成されていった。その中で異を唱える少数者は、国家の置かれている現実を見ない、愚かで、憎むべき者として排除され、その声は封じられた。

さて、戦後、日本の再軍備が進む中で、それでも「専守防衛」や「武器輸出三原則」は国是として維持されてきた。だが、今回の「安全保障と防衛力に関する懇談会」報告書はこれを骨抜きにすることを提唱している。「集団的自衛権」という新たな概念のもと、「戦争ができる国」の体制を整えるのが狙い、と見ざるを得ない。

それを推し進める側にとっては、日本を取り巻く国際関係が大きく変わり、この変化に「専守防衛」などの古い理念が間に合わなくなっている、ということなのだろう。恐らく、「戦争のできる普通の国」を待望するそうした人たちに道理が全くない、というような話ではない――人類の歴史はある意味では、戦争の歴史でもあるのだから。

だが、例えば「集団的自衛権」や「世界の平和と安全に寄与する性格の武器輸出」(産経新聞)といった論理を疑問なく受け入れるわけにはいかない。「専守防衛」概念の再検討も意味するところはあまりにも大きい。「戦争絶対反対」というもう一方の立場を封殺し、社会の風潮を「戦争を期待する」方向へと押しやる恐れがある動きは強く警戒すべきだ。

とりわけ宗教者は原爆による大量殺戮をもたらしたあの戦争の経験を踏まえ、"非戦平和"の立場から、憲法解釈の変更など危うい動きに対し警鐘を鳴らしていくべきではないか。たとえ、それが「戦争のできる普通の国」を望む人たちにとって、愚かで、憎むべきものに見えたとしても。