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苦縁―東日本大震災 寄り添う宗教者たち
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敬虔な仏教徒は見返りを求めぬ

2009年8月1日付 中外日報(社説)

阪神・淡路大震災の発生(平成七年一月)から間もないころ「スラムの天使」として有名なタイのプラティープ・ウンソンタム・秦さんが、円換算で約四百四十万円の義援金を被災地に届けてくれた。バンコクのスラム住民の善意を募った浄財だった。そのプラティープさんを神戸に招き、草の根の国際連帯を呼び掛けるイベント「神戸から地球へ」が先日、兵庫県公館で開かれた。世界的に格差が拡大する中、プラティープさんは「敬虔(けいけん)な仏教徒は見返りを求めない」と、分かち合いの精神を訴えた。心に残る言葉だった。

このイベントは、キリスト者で社会運動家として世界に知られた賀川豊彦の献身一〇〇年記念事業の一環だった。賀川は明治四十二年、神戸市で活動を始めた。協同組合運動や労働運動などに多くの功績を残したことで、記念事業はコープこうべ、連合兵庫などの実行委員会が進めている。

「神戸から地球へ」開催の動機については「(震災で)震度7の帯が走り、最も被害のひどかった神戸市中央部と、賀川豊彦の献身活動が始まった地域が重なったのは不思議な偶然」「(タイからの義援金は)貧しき者からの境界を超えた連帯のメッセージ」など開催の動機がパンフレットに記されていた。

当日は震災発生時の兵庫県知事・貝原俊民さんと被災者に寄り添う心のケアに目を向けさせた関西学院大教授の野田正彰さんが基調講演。その後プラティープさんや、震災当時の兵庫県立看護大学長で日本災害看護学会設立に尽くした近大姫路大学長の南裕子さんらをパネリストに迎え、シンポジウムを開いた。

プラティープさんは、子どもたちの多くが小学校にも行けないタイのスラムで「貧しい生活からはい上がるには教育が必要」という両親に育てられ、小学校を卒業。人は徳を積むこと、助け合うことが大切という母親の教えを守り十六歳の時、スラムの子どもたちのため「一日一バーツ(約三円)」学校をつくった。また、社会の不公正さを訴え一九七八年にマグサイサイ賞を受賞、その賞金で「ドゥアン・プラティープ財団」を設立し、献身的な活動を続けていることは日本でも知られている。国の民主化のために発言しようと、上院議員も務めた。

シンポでプラティープさんは、要旨次のような話をした。

「百年前、タイにスラムはなかった。タイのスラムは、国の経済が発展したこの四十―五十年の間に、農村から押し出された人々によってできたものだ。社会の大きな流れにのみ込まれないためには貧しくても助け合うこと、できる限りのお返しをすること。それによって心にたくさんのものをもらうことができる。自分は小さくても、できることがある。それを大切にしたい」

「経済大国日本は、分かち合う心によって大きな影響力を出すことができる。また、被爆体験国として平和に果たす役割も大きい。人権と平和の尊さを認識し、すべての国の人々が平等に発言できる世界を築くため日本の市民、NGOなど、さまざまなセクターの努力が求められている」

シンポの討議は「分かち合い」と「小さなことから始める」をキーワードに進められ、支え合う仲間づくりの必要性も強調された。南さんからは「震災の被災地で皇后さまが『看護が大変でしょう』とねぎらってくださった。自分たちのしている仕事が大事だと言ってくれる人がいると、その言葉が壁に突き当たって傷ついた心を支えてくれる」というエピソードも紹介された。

プラティープさんによって仏教国タイからもたらされたメッセージは、共に生きる社会に向けて多くのヒントを提供してくれたようだ。日本の仏教徒が学ぶべき点も多いのではないか。