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映画の中の宗教

2009年7月18日付 中外日報(社説)

映画「禅ZEN」が今年一月に封切られ、また最近DVDとなって売り出された。道元の一生を描いたとして注目される映画である。中村勘太郎が主役の道元を演じたことも話題を呼んだ。

二時間余の上映時間の中で、中国に渡ってまで仏道をきわめんとした道元の生きざまを人々に伝えるのは容易ではない。とりわけ只管打坐のような教えの神髄を描くのはもともと困難といってもいいだろう。

空中浮揚を連想させるような身心脱落の場面の描写には、あるいは議論も起こるかもしれない。それでも現在の曹洞宗が社会に伝えようとする道元像の一端が具体的に描かれたという点は、高く評価されるであろう。

これは曹洞宗の開祖を扱った文字通り宗教映画であるが、映画は宗教文化を理解しようとする際に大きな可能性を秘めているという考えが、このところ国内外で目立つようになってきている。

国内では『映画で学ぶ現代宗教』(弘文堂)という本が五月に刊行された。宗教文化教育の教材として極めて有用であることが具体的に示されている。ほぼ同じ時期に、イギリスの有名な出版社であるルートリッジ社から『ルートリッジの宗教と映画への手引き(The Routledge Companion to Religion and Film)』という比較的大部の書籍が刊行されている。

あらためて調べると、ここ数年、映画と宗教というトピックを扱った書籍がかなり多いことが分かる。例えば、二〇〇八年には、G・ワトキンスの編集による『宗教と映画を教える(Teaching Religion and Film)』が刊行された。二〇〇七年にはJ・ミッチェルによる『宗教と映画読本(The Religion and Film Reader)』が刊行されている。

欧米で出版されたこうした書籍では、キリスト教に関する内容の占める割合が高く、神学的な関心からのものも少なくない。しかし、それにとどまらず、多角的な視点から議論する傾向が強まっているし、スピリチュアリティーやニューエイジ、民俗信仰さらにはオカルト的なものなど、対象としている範囲も、どんどん広くなってきている。いわゆる宗教映画以外の映画において、宗教の周辺のことがらに対して強い関心が示されてきているのが特徴といえる。

古典的な宗教映画である「十戒」「ベン・ハー」などと異なり、一般の映画の中に描かれた宗教は、必ずしも好意的には扱われていない。宗教の持つ残虐さ、宗教ゆえの紛争の激化といった負の側面も出てくる。中には特定の宗教への偏見を助長しかねない描写もある。

宗教映画ではない映画の中で描かれた宗教は、生活や文化の中の宗教のさまざまな姿を描くことになる。特に信仰を持たない人にとっても、宗教は身近な問題であるということが、いや応なく感じられてこよう。

それゆえ、宗教にかかわる人たちにとっても、そのような描き方が、自分たちの日ごろの営みに対する社会的な受け止め方というものを知る上で良い機会ともなるはずである。

アカデミー賞の外国語映画賞を受賞したことで話題になった映画「おくりびと」では、納棺師という仕事が注目された。ところが、この映画に宗教家の姿はほとんど登場しない。形式的には仏式であっても、実質的に仏式である必然性は薄れつつある昨今の葬儀を反映しているということであろうか。

儀礼の場でも、また宗教性を確認するような光景においても、宗教家はどんどん遠景になっているということが、問わず語りに示されているということである。宗教映画でないからこそ、このような現実を直截に映し出しているともいえる。一般の映画の中で宗教はどう描かれているのか、宗教界がこのことにもう少し注意を向けるべき状況になってきている。