ニュース画像
多くの人が見守る中、彰義隊墓所で盛大に営まれた150回忌法要
主な連載 過去の連載 エンディングへの備え
苦縁―東日本大震災 寄り添う宗教者たち
購読のお申し込み
新規購読キャンペーン
紙面保存版

リハビリの道はスペインまでも

2009年7月9日付 中外日報(社説)

「スペインの丘陵は、ヒース(エリカ)の花盛りでした。見渡す限り、ピンク一色。滋賀と岐阜の県境にそびえる伊吹山が、シモツケソウの花に彩られた風景とそっくり。霧のかなたに琵琶湖が見えるような気がしました」

障害を持つ身で、琵琶湖の周りを、十五年間に十二回も歩き続けた人――大津市在住の元建築設計者、道本裕忠さん(66)は、五月下旬から六月上旬にかけて、スペインの巡礼道を歩いて来た。イエスの十二使徒の一人で、聖人に列せられている大ヤコブ(サンティアゴ)の遺体を葬ったとされるサンティアゴ・デ・コンポステラへの道である。大ヤコブの遺徳を偲ぶ人々が巡礼に訪れる。

この道はフランス国境のピレネー山脈を出発し、スペイン北部の丘陵地帯を西へ進み、同国西北部のサンティアゴ・デ・コンポステラ大聖堂に達する、八百七十キロの聖なる道筋である。キリスト教徒にとっては、聖地イスラエルのイエスの遺跡を巡拝するのと同様な重みを持つ。

ただし、八百七十キロを歩き抜くと、一ヵ月以上かかるので、歩く巡礼者は百キロ以上、自転車や馬に乗った人は二百キロ以上の実績があればコンポステラーノ(巡礼証明書)が授けられることになっている。四国八十八ヵ所は札所の寺で納経帳に印を押してもらうが、スペインでは村々の教会などでスタンプを押す。そのスタンプが"巡礼の証明"となるわけだ。

だから徒歩巡礼の場合、大聖堂まで百キロ地点のサリアの町から出発する人が多い。道本さんが妻の加代子さんとともに参加した巡礼ツアーも、サリア大聖堂間を八日で歩いた。

平成十八年十一月三十日付の本欄に記したように、道本さんは大成建設に勤務していた二十七年前、原因不明の高熱で倒れた。ウイルスに脳幹を侵されたとの診断で六ヵ月間入院、六ヵ月間自宅療養し、体調の安定とともに職場復帰することができたが、小脳にキズが残り、平衡感覚が損なわれた。平らな場所ならゆっくり歩けるが、足場が悪いとふらつくのだ。

約十年後に、リハビリの一環として始めたのが、琵琶湖畔を自分のペースでゆっくり歩くことだった。一日歩いたら自宅に帰る。次の機会にその続きを歩く。約一年で総延長二百三十キロの湖岸を一周できることが分かった。道本さんはその後も歩き続け、平成十九年に十周を達成した。同じコースでも、ある場所では開発が進み、ある場所では過疎化が進行して、訪れるたびに風景が変わる。変わらないのは、三井寺や多賀大社など琵琶湖を取り巻く社寺の姿である。

その間に、四国八十八ヵ所の"歩き遍路"にも挑戦した。その実績の上に、今回のスペイン巡礼行が実現した。「ツアーの一行は十八人。いつも遅れがちでしたが、皆さんが待ってくださるので、大願を果たすことができました」

大聖堂ではミサの司祭が「日本から来た十八人も巡礼を果たしました」と報告してくれた。ドームからつるされた大香炉が頭上で揺れるのを見て、キリスト教徒でない道本さんも敬虔な気持に浸された。

道本さんたちはホテルでの宿りを重ねたが、現地にはアルベルゲと呼ばれる格安の巡礼宿がある。お四国の善根宿のようなものだ。「でもスペインには"お接待"の風習はありませんでしたね」

帰国後も、道本さんの琵琶湖めぐりは続く。単独行の道本さんに最近、同行のグループができた。昭和三十六年に広島県呉市の県立呉宮原高校を卒業した同級生たちだ。広島から、東京から集まって"湖国"の雰囲気を味わう。

「最近、平地部分にも地図測量の三角点があるのを知りました。足元の標石を探すのも楽しいですよ」。道本さんのリハビリの道のさらに続くことを……。