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「裁判員」発足と足利事件急転回

2009年6月30日付 中外日報(社説)

五月二十一日の裁判員制度スタートと歩調を合わせたかのように、菅家利和さんをめぐる足利事件が大きな転回を見せた。栃木県足利市で平成二年、四歳の女児を殺害したとして逮捕された菅家さんは、「DNAが一致した」のが決め手となって無期懲役の判決を受け、十七年半も獄中で過ごさせられた。皮肉なことに再調査で「DNAは一致せず」と逆転したため、釈放され、再審から無罪への道が開かれた。

プロの刑事や検察官が捜査し、プロの裁判官が審理して有罪とされた。もしこの時に裁判員制度が実施されていたとしても、DNAが一致したとの情報があれば、同じような判決が出された可能性があるという気がする。

「DNA鑑定が証拠上、最大の『切り札』となって容疑者の特定、逮捕につながったのは我が国の犯罪史上初めてといえる」

菅家さん逮捕を伝える平成二年十二月二日のA紙朝刊記事の一節である。最新の科学捜査が、難事件の解決につながったという高揚感が伝わってくる。

新たなDNA鑑定が、今度は潔白を証明する『切り札』になり、菅家さんは釈放された。再審で無罪が確定する日も近い。とはいえ四十歳半ばからの人生の円熟期を奪われた菅家さんの悔しさは、筆舌に尽くせるものではなかろう。

この冤罪事件の経緯は詳しく報道されているので、ここでは裁判員制度にも関連するマスメディアの事件報道を考えてみたい。

筆者は、平成六年六月の松本サリン事件を思い浮かべた。最終的に八人が死亡した日本では初めてのサリンによる無差別テロ。翌年三月の地下鉄サリン事件の伏線にもなった事件だ。

この事件で捜査当局は事件発生の翌日、被害者の河野義行さんの自宅を殺人容疑で捜索した。それ以後メディアは当局のミスリードで河野さんを犯人視する報道を続け、河野さんが記者会見で全面否定しても変わらなかった。地下鉄サリン事件でオウム真理教犯行説が浮かぶまで続いた。足利事件も同じパターンで進められた。

社会に注目される事件で報道競争が過熱するほど、記者は捜査情報を一刻も早くつかもうと捜査当局に食い込むことに血眼になる。その結果、捜査情報の真偽を確認するゆとりを失い、冤罪に加担する羽目に陥ることが少なくなかった。

当初、容疑を否認した菅家さんは有無を言わせぬ取り調べで「自白」させられた。取材陣は捜査当局から「自白」だけを聞き「真犯人」との確信を一層強めたであろう。しかも報道競争の過熱は、得てして当局におもねる心理を誘う。

裁判員制度では、裁判員への報道の「刷り込み」効果を懸念する声が根強い。本紙でも、宗教界とのかかわりを中心に三回にわたり制度の問題点を指摘している(四月十四、十六、十八日付)。そこに登場した宗教者たちは、報道の影響に触れたばかりでなく、社会全体の厳罰化を求める潮流と併せて危惧の念が表明されている。

「人間は間違いを犯すものである」との宗教者の意見には、筆者も多くの部分で共感する。ただ、この懸念が事件報道を規制する方向に向かうと、取材・報道の委縮を招くこともある。裁判員制度の導入を機に報道各社は事件・事故報道のガイドラインを作成した。例えば、捜査段階の供述などで犯人と断定するような表現は避けるといった内容だ。上述のA紙も菅家さん釈放後、当時の報道に不適切な表現があったと、自己批判している。

事件報道が捜査情報に依存せざるを得ない以上、同様のことが起こるリスクは常にある。しかし、大切なのは、そのリスクを報道機関が充分に自覚し、また市民が報道機関に本紙の指摘のような厳しい視線を持ち続けることだと思う。

カトリック司教協議会は聖職者や修道者に対し「裁判員に選ばれたら辞退を」との勧告を発表した。足利事件に直接関係のない決定ではあるが、結果的に足利事件の教訓を踏まえているともいえよう。