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ロゴスと法性法身

2009年6月4日付 中外日報(社説)

新約聖書がヘレニズム時代のギリシャ語で書かれていることは一般にもかなり知られている。ところで古代のギリシャ文は大文字だけで書かれていた。現在学界で使われている、学問的に再建された標準的ギリシャ語聖書の本文には、英語と同様に大文字と小文字が用いられ、語と語の間には一字分の空きがあり、コンマやピリオドが打たれ、フランス語に似たアクセント記号まで付いている。

しかしこのような表記がなされるようになったのは十世紀ごろからのことで、それまでは大文字だけが切れ目なく連ねられていたのである。従って語と語の切れ目はどこか、コンマやピリオドをどこに置くかという問題があり、現在でもまだ若干の個所で議論が分かれている。

そのうちの一つがヨハネ福音書の冒頭であり、このプロローグは有名だからご存じの方も多かろうが、新共同訳を含めて多くの訳では次のようになっている。

「初めに言(ことば=ロゴス)があった。言は神とともにあった。言は神であった。……万物は言によって成った。成ったもので、言によらずに成ったものは何一つない。言のなかに命があった。そして命は人間を照らす光であった」

ところで問題は第三節で、最近は「言(ことば)によらずに成ったものは何一つない」の後にピリオドを置くべきだという説が有力であり、ネストレー・アラント等による学界用標準ギリシャ語テキストも第二十六版(一九七九年)以来この読みを採用している。

すると「(言によって)成ったもの」がどこにかかるかが違ってくるから次のようなことになる。

「万物は言によって成った。言によって成らなかったものはひとつもない。言にもとづいて成ったものは命であった(『言のなかに命があった』ではなく『命は言によって成った』となることに注意)。そして命は人を照らす光であった」

さて言(ことば)と訳されたギリシャ語はロゴスで、ロゴスとは古典ギリシャ語では言語また条理の意味であった。しかしヘレニズム時代の宗教文書では神と世界を媒介して「世界を担う条理、はたらき」であり、従って神との関係を度外視してロゴスだけを取れば「法」(ダルマ、担うもの)と近い意味になる。筆者の見解ではヨハネ福音書のロゴスはなかんずく「法性法身」に近い。

そういうわけで、上記の新しい読みではプロローグがどういう意味になるか、仏教者に明らかになるようにあえて仏教語で「翻訳」してみる。このような「翻訳」では当然のことながら原意との間にずれが生じるから、これは正確な「翻訳」ではなく、両者の対応ないし類比を暗示するものである(次の「訳」ではカッコの中は筆者の敷衍〈ふえん〉である)。

「(この世に)法(ダルマ、法性法身)と無関係に成り出たものは何一つない。法性法身に基づいて成り出たもの(方便法身)は命(無量寿)であった。そして命(無量寿)は人を照らす光(無碍光)であった」

ヨハネ福音書と浄土教が近いことは比較思想の観点からも知られている。事実、ヨハネ福音書では神的な救済者「イエス」は一貫して永遠の生命また光として描かれているのである。

さて、ヘレニズム時代に地中海世界と西北インドの間に交流があったことはギリシャ彫刻とガンダーラ美術との関係からも知られているが、当時はわれわれが知っている以上に交流があったようである。

ヘレニズム時代の地中海世界(東半分)に広く見られる救済者神話(これは新約聖書思想とも無関係ではない)と一ないし二世紀に西北インドで成立した無量寿経との間にも何らかの歴史的関係があるのだろうか。立ち入った研究がなされているかどうか寡聞にして筆者には明らかではないが、これはなかなか興味あるテーマではある。