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酔いどれ神父が始めた断酒運動

2009年4月18日付 中外日報(社説)

作家で精神科医の、なだいなだ氏に、新聞社から電話がかかった。外国で開かれた国際会議の閉幕後、A大臣(当時)がメロメロ状態で記者会見に臨んだ様子がテレビで放映された日のことである。

「どう、ご覧になられましたか」と新聞社側は質問する。専門医であるなだいなだ氏に「A大臣はアルコール依存症ですね」と決めつけさせたい意図が見え見えだ。だが「偏見の多い」日本では、アルコール依存症であるというだけで、道徳的欠陥と見なされがちであり、政治生命を左右しかねない。だからなだいなだ氏は慎重に対応し、決定的な意見表明は避けた。『ちくま』誌四月号への寄稿の要旨である。

同じ号の次のページで、ノンフィクション作家の佐野眞一氏もこの問題を取り上げていた。エリツィン・元ロシア大統領が、酒の上での奇行が多かった。それにちなんでA大臣は、選挙区の地名を冠して「○○のエリツィン」と呼ばれてきた。醜態を世界にさらした以上、政治家としてのA大臣の前途は厳しいだろうと予想している。

ところで筆者は二十七年前、アルコール依存症から立ち直った神父を、新聞記者として取材したことがある。その人、P神父は、関西の有力な教会の主任司祭だったが、酔いつぶれて説教をすることができず、クリスマスのミサがお流れになった。復活祭のミサでは同じ言葉を繰り返し繰り返ししゃべり、信徒から不信の声が上がった。ついに司教命令で、閑職に左遷されてしまった。

それを聞いた米国人宣教師のQ神父が「自分もアルコール依存症だった」と言って、P神父に救いの手を差し伸べた。

Q神父によると、アルコール依存症は、だらしがないから酒びたりになるのではなく、体質による一種の病気だ。のどが渇いたら水を飲まずにいられなくなるように、本人の意思とかかわりなく、体がアルコールを飲みたくなる現象だという。では、どうやって治すのか。

「立ち直ろう」と決意した同病者たちが、毎日、集会を開く。そこへは、歩いて集まり、自分の悩みをさらけ出して語り合う。自分と同じ仲間がいると気付いて、あすもこの会に参加しようという気になる。飲まずに過ごした最初の二十四時間がごく自然に四十八時間、七十二時間と伸びていけば、しめたものだ。それを三ヵ月、約九十日繰り返すと「飲みたい」という気が消えてしまう。歩いて集まるという積極さが断酒を成功させるのだ。

Q神父は、P神父を支えるだけでなく、教会外の人々にも呼び掛け、東京都内で断酒の集いを開いた。会場はカトリックの施設となりP神父に運営が委ねられた。筆者が取材した当時、その施設では「三分の一強がストレートに立ち直り、三分の一が回り道をしながら回復している」とのことだった。

この取材をして「しまった。もう少し早く両神父の話を聞くべきだった」と後悔した。というのは、同期入社のB君が、アルコール依存症から立ち直れないまま、余病を併発して亡くなったばかりだったからだ。筆者は大阪市内の病院へ見舞いに行き「心を入れ替えろ」と忠告した。

「だらしがないから酒びたりになる」との偏見による、最悪の対応だ。P神父らによると、それが回復の最大の妨げになる言葉であるという。次に見舞った時には、B君は集中治療室の中だった。

P、Q両神父の志を継いだ断酒運動は、薬物依存症からの立ち直りなどを含めて、ある外国宣教会が中心となり、東京をはじめ各地で続けられている。大臣を辞任したA氏の選挙区でも行なわれているのではないだろうか。こうした活動が地道に続けられていることに、宗教者の力を感じさせられた。