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花まつりを寿ぐ

2009年4月7日付 中外日報(社説)

桜前線の北上とともに、今年も釈尊の御生誕を仏教徒がこぞってお祝いする《花まつり》の季節を迎えた。花まつりは桜花爛漫の季節の風物詩の一つ。天候は寒暑やや不安定だが、各地の花まつり行事は満開の桜のもとで行なわれるのだろうか。

人々は春の訪れを、うららかな日差しや暖かな風、さまざまな《花》の色彩や香りなどを通じて五感に感じ取り、「生きている歓び」を自覚する。外国でも、日本でも、古来、民俗的意味の「花祭り」があるというのもうなずけよう。

われわれ仏教者の大先輩である松原泰道さんによると、日本の仏教界で現在行なわれている花まつり行事の始まりは、大正時代初めに東京市浅草区花川戸の蓮窓寺(真宗大谷派)の安藤嶺丸住職が「花さかじいさんお釈迦さま」というキャッチコピーで、最初は日比谷公園を会場に、釈尊の生誕をたたえる運動として展開したことにあるという(全青協発行『ぴっぱら』四月号)。

今でこそ、われわれも釈尊が誕生したネパール・ルンビニーのありのままの光景を画像を通じて知ることができる。だが、私たちの先祖は、色鮮やかに咲く花が野山を彩る日本的風景をイメージして、お釈迦さまのお誕生を寿いだのであろう。

ちなみに、タイをはじめとする上座部仏教の諸国では釈尊の降誕会、成道会、涅槃会を併せて、インド暦のウエーサク月にウエーサク祭として行なわれる。御生誕、お悟りも入涅槃も、ウエーサク月の満月の日に起きたことと考えられているためである。またお隣の国・韓国では旧暦の四月八日が釈迦誕生日として国の定めた祝日になっている。クリスマスがやはり祝日になっているので、バランスを配慮してのことだという。

わが国各地方の仏教寺院ではそれぞれ《花まつり》の行事を行ない、仏教系各団体が盛大にイベントを企画・実行している。そもそも仏教はすべてブッダ釈尊の教えから発しているのであるから、仏教教団がブッダの御生誕を寿ぐ《花まつり》に熱心なのは当然といえば当然のことであるといえるだろう。

しかし、少し距離を置いて振り返ってみると、《花まつり》行事が単にブッダのお誕生日というイメージにとどまっていていいのだろうか、という自己反省も生まれる。

松原さんは「花まつりは、お花見ではありません。花まつりの花は、仏心(仏の心・仏のいのち)を表わします」とブッダご誕生を寿ぐ意義を説いている。

花まつり行事が一種のイベントに終わることなく、人々の心にブッダの教えを芽生えさせる一つの契機となるよう切に願うものである。

ところで上座部仏教は歴史上のブッダ釈尊のみを現世の仏としてたたえる。これに対して、大乗仏教の系譜に立つ日本仏教では、釈尊を仏教の開祖としつつも、宗派仏教という性格があるためだろうか、ブッダ釈尊への帰敬のイメージが、いまひとつぼんやりしているように感ずることも事実である。

花まつりの日、花御堂の誕生仏に甘茶をかけて釈尊の御生誕をお祝いしながら、そのような日本仏教の成り立ちと現在の位置にあらためて思いをはせ、それぞれの宗門の歴史や今のありようを、普段とは違った角度から考えてみるのも意義あることではないだろうか。