ニュース画像
多くの人が見守る中、彰義隊墓所で盛大に営まれた150回忌法要
主な連載 過去の連載 エンディングへの備え
苦縁―東日本大震災 寄り添う宗教者たち
購読のお申し込み
新規購読キャンペーン
紙面保存版

建前と実態は違う公益法人制度改革

2009年3月17日付 中外日報(社説)

最近、麻生太郎総理が郵政民営化には反対だったなどと突然言いだし、波紋を呼んだ。郵政民営化で国民の信を問い、反対する議員に"刺客"まで送り込んで、衆議院総選挙で自民党の歴史的大勝利をもたらした小泉純一郎元総理は当然強く反発し、定額給付金を盛り込んだ補正予算の衆議院再議決に欠席して、これもまた複雑な反響をもたらした。

民主党小沢一郎代表の政治資金問題がなければ、小泉氏のアクションも少しは違った結果を政界に生み出したかもしれない。だが、現実は追随者わずか一人で、元総理も政界では"過去の人"という印象を与えた。政治の世界はまさに一寸先は闇だ。

小泉氏の「自民党の衆議院過半数は何のおかげか」という指摘は正しい。多くの国民は小泉改革の是非の判断をしたのであって、安倍、福田、麻生内閣とその施策に支持を表明したのではなかった。

ただ、郵政民営化でも、資産売却問題などが浮上し、麻生総理の四分社見直し論も出て、小泉改革はほころびを見せ始めている。その辺の風向きの変化に敏感なら、あの改革に距離を置く発言がさらに現われても不思議はない。

小泉政権時代、規制緩和の流れの中で始まった公益法人制度改革も、聞こえのよい理念とは違った姿を見せ始めている。われわれが聞かされたのは、天下りなど"官"との癒着排除、準則主義の採用による行政からの規制の緩和とか、「民の担う公共」といった話だった。

準則主義といえば、宗教法人に関しては、敗戦後のポツダム勅令による宗教法人令が想起される。宗教とは言い難い、「教義や組織の点でいかがわしい団体」(井上恵行『宗教法人法の基礎的研究』)までもが脱税目的で勝手に法人登記した事例があるとされ、行き過ぎた自由放任のイメージを持つ人が多いだろう。

ただ、白鴎大学の石村耕治教授によれば、準則主義の"呪縛・迷信"にとらわれ、役所の規制が少ない準則主義は「好ましい」という主張がこれまで非営利公益法人の側で繰り返されてきたという。

ところが、準則主義をベースとする新公益法人制度の蓋を開けてみれば、行政の管理の色が逆に濃くなっていることに気付かざるを得ない。

確かに法人設立は容易にできるようにはなったが、新しい制度は「二階建て」で、一般社団・財団法人が公益目的事業などが非課税扱いの公益社団・財団法人になる(二階に上がる)ためには行政庁の認定が必要とされる(第三者委員会が公益認定の諮問を受けて答申するが、認定・監督は行政である)。

先ごろ、東京で開かれた日本宗教連盟のシンポジウムで講演した石村教授は、このことを「二階に上がった途端、"官製公益法人"になる」と表現した。そればかりではない。公益認定が取り消されて一階に転落してしまえば、「公益目的取得財産残額」を他の公益法人などに譲与するよう強いられる恐れがある、という。

つまり、官によって常に監視され、認定取り消しの大きなリスクを負わされるのだ。石村教授が指摘するように、公益認定法人になる道を選ぶのが適切かどうか、賢明な判断を求められる法人も少なくはなさそうである。

今回の公益法人制度改革は宗教法人と直接に結び付くものではないが、新たな公益法人税制で非営利事業は非課税という原則が崩れ、"免税"制に転換されると、政教分離や信教の自由につながる問題が浮上する。関係する特例民法法人を持たない宗教法人も、新制度が内包する問題点をチェックするとともに、これが危うい方向へ向かわないよう充分警戒し、状況に応じて必要な発言をしてゆく必要がある。