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多極世界の可能性

2009年1月17日付 中外日報(社説)

キリスト教、イスラム教、仏教は普遍宗教、歴史宗教あるいは世界宗教などといわれる。これらの諸宗教は、一国一民族だけでなく世界的な普遍性をもって伝播した分布図をつくっているからである。

だが、それらの実態を見ると民族宗教的な形態をとっている場合も認められる。そうした宗教現象が顕著に認められるのは、仏教であろう。また、普遍宗教の中でもキリスト教やイスラム教の教圏では今日でも内部的要因や民族紛争を絡めた対立抗争が続けられている。歴史的に見ると、キリスト教・イスラム教が民族宗教を含めた他宗教を侵攻して滅亡をみた例証は数少なくない。

十三世紀初頭にインド仏教はイスラム教の攻撃を受けて壊滅してしまった。またかつては東南アジアのスマトラ島南東地域のパレンバン、インドネシア共和国のジャワ島あるいはシルクロード沿線や広く中央アジアにも多くの仏教王国が栄えていたが、それらでもことごとくイスラム教の進出によって大乗仏教は姿を消した。

顧みるに、十九世紀の西欧は、アフリカをはじめとする地球規模の植民地体制をつくりあげてキリスト教のヒエラルキー(階層)的世界観で支配するに至った。同時に世界に科学技術文明を浸透させたのであった。見逃し得ないのは、多数の植民地に一神教のキリスト教が伝播して民族諸宗教を消去したことであろう。

二十世紀、第二次大戦終結後の世界は歴史的に大きく変貌を遂げた。すなわち西欧の植民地だったアフリカ、イギリスの植民地だったインド、オランダの植民地だったインドネシア、またマレーシアなどがすべて独立して植民地時代は終焉を告げた。その後、朝鮮戦争・ベトナム戦争があった。そしてまた一九九一年十二月にソ連邦の崩壊があった。

二十一世紀になっても地球上のどこかで相変わらず局地戦争が絶えることがない。その多くは民族紛争に宗教対立や経済的利害関係などが複雑に絡み込んでいるので、事態は容易ならざるものがある。

今世紀は中国とインドの世紀になるのではないかといわれる。産油国であるイスラム諸国の台頭もまた見逃し得ないといわなければならない。

昨年はアメリカのサブプライムローン問題に端を発した百年に一度といわれるほどの世界的な金融危機に直面した。その影響による深刻な不況は本年さらに激化し、目下のところ底が見えにくいといった不安感が重くのしかかっている。いずれにせよ、国際経済のグローバル化と地球上の止めどなき人口爆発とが不況の背景になっていることも否めないであろう。

日本は国土、人口、天然資源など、どれ一つとってみても世界の諸大国とは比較にならない小さな島国ではある。しかし、アジア諸国の中でもわが国はすでに一世紀半も前に西欧を模倣して近代国家となった。西欧諸国をしのぐ経済大国といわれてからすでに久しい。技術力の卓越していることは世界的に認めるところである。のみならず東洋の誇るべきさまざまな伝統文化が複合的に生きている。世界唯一の被爆国であり、戦争放棄を宣言した平和憲法、非核三原則の順守によって世界恒久平和への道筋を開いたのもわが国である。

二十一世紀に入り、人類はこれまでに一極集中化を目指してきたところの大国主義、覇権主義とははっきり決別し、これらを人類史の遺物としなければならない。

多極世界の時代の到来がささやかれる中、わが国は経済力や科学技術だけでなく歴史・文化的な面でも、世界に対しても多大な責務があるという国民的自覚が要請されている。多極化する世界の可能性を切り開くため、それこそが本当に意義のある国際協力につながるのではないだろうか。