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苦縁―東日本大震災 寄り添う宗教者たち
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"無意味の価値"

2008年12月11日付 中外日報(社説)

この世をより良くするため、住みやすくするために、宗教者すべてが結束しよう、とはよく言われることである。地球上から貧困、差別、病気をなくそう、低開発国の妊婦や幼児の健康を守り、誰でもが学校教育を受けられる世の中にしよう、この世を平和で経済的格差も混乱もない世界にしようというのは、宗旨宗派にかかわらず宗教者すべてが抱く熱い願いであろう。

そういう運動には喜んで参加しようと思う人は多いが、その思いを実現するのは難しい。利害関係のない宗教者が不特定多数に声を掛けただけでは、なかなか人が集まらない。そもそも強力な組織をつくるのは困難だし、つくればたちまち主導権争いが起こる。意見の一致を生み出すのは簡単ではない。

資金も要る。しかし金を集めるのは大変だし、集まればたちまち食い物にする連中が群がってくる。金の使い道を決めるのも容易ではない。純粋なボランティアは少なくないが、無料奉仕の活動によって理想を長期にわたって持続させるのは容易ではない。

ある私立学校の経営者の話だが、理想と情熱に燃える若い教師はまず学校自体をより良くしようと努力する。それが行き詰まると、次に自分のクラスをより良くしようと努力する。それにも失敗すると、今度は自分の学力を高めるために勉強を始め、結局は学校を去ってゆくのだという。挫折した理想と情熱はその後どこへ向かうのだろうか。

自分自身の在り方を突き詰める宗教者がいる。そのような人は尊敬もされるが、現代ではむしろ世界の変革に無関心だと非難されることがしばしばである。その傾向は、いわゆる六○年安保から七〇年代の学園紛争に至る反体制運動の最盛期に強かった。当時は、まだ本質が明らかでなかった中国の「文化大革命」に煽られたせいもあって、あたかも社会的関心が乏しいかのように見える人間はそれだけで批判の対象になったものである。

ところで、話はいささか飛躍するが、反体制運動が挫折した後、人々が土地バブルに浮かれたのは偶然ではないだろう。それはこの社会現象の光と闇を語っている。社会に向けられた力の中の何かがその挫折とともに葬られてしまったのである。

バブル発生は、戦後の日本を指導して高度成長を実現した経済界の人々(単なる利潤追求を超えた文化的理念を持ち続けた人々)が定年で退場した時期と一致しているともいわれる。日本の土地バブル発生と崩壊は、アメリカの住宅バブル崩壊に始まる金融危機を先取りした形である。共に資産運用で利潤を上げようとして行き過ぎた結果だ。

さて、宗教者にも鎌倉仏教の祖師たち、つまり道元、法然、親鸞、日蓮のように、著作や布教に専念して後の大教団の礎を据えた人がいた。それはむろん歴史上忘れることのできない大事業である。他方では、良寛のように、当時の政治や宗教に鋭い批判を放ちながら、自らは庵に独居して坐禅に励み、優れた書や詩歌を残した人もいた。

「世の中に まじらぬとには あらねども ひとり遊びぞ 我はまされる」という短歌に示されているように、良寛は組織や事業ではなく、むしろ生涯そのものを遺産として残し、今でも多くの人たちを感化している。

われわれの多くは良寛のような芸術的才能もなく、世直しのために運動体を組織し実効を挙げる能力もない。理想を抱きながらその事実に直面し、挫折感を抱く人は少なくないはずだ。

しかし挫折を越え、そこで「無意味」を直視する道を示すのが宗教だという側面もある。特に目立ちもせず評判にもならず、しかし汚れのない清らかな心を持ち続けて一生を終える人々がいる。そういう人たちを顕彰する道は乏しいが、彼らは名誉に輝こうとは思っていないだろう。

経験の末にたどり着いた「無意味」の清らかな価値を示すように、人知れず咲いて散ってゆく美しい花だ。宗教の本領はこういう人々を生み出すところにあるともいえるのである。