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なぜ有力雑誌の休刊が続くのか

2008年12月4日付 中外日報(社説)

「二〇〇八年は、ノンフィクションライターにとって忘れられない年になるだろう」。ノンフィクション作家の佐野真一氏が産経新聞に寄稿したのは、十月上旬だった。この年、講談社の月刊『現代』をはじめ、朝日新聞社の『論座』や集英社の『PLAYBOY日本版』など、硬派のノンフィクションを掲載してきた月刊誌が相次いで休刊を決めたからである。

佐野氏は「総合月刊誌はノンフィクションライターにとって、生命維持装置ともいうべき媒体となっていた」と記す。さらには「足で書くことを旨とするノンフィクションは、想像で書く小説とは違って、手間もヒマも金もかかる文芸である」と続ける。

「想像で書く小説」という表現が適切かどうかは別として、ノンフィクションの作家が取材のため骨身を削っているのは事実であろう。筆者は新聞記者だったころ、昭和三十三年完成の広島の「原爆の子の像」にかかわる取材をしたことがある。像のモデルとなった佐々木禎子さんが在学した小、中学校には顔見知りの先生が多く、筆者はかなり多くの情報を持っている自信があった。

ところが昭和五十九年、作家の那須正幹氏がPHP研究所から出版した『折り鶴の子どもたち-原爆症とたたかった佐々木禎子と級友たち』を読んで、負けたと思った。筆者が、まあいいだろうと思って手を抜いていた部分まできっちりと取材して、完ぺきなノンフィクション文学に仕上げられていたからだ。

新聞社では、デスクが新人記者に向かって「この記事、十聞いたことを十書いたのと違うか?」と言うことがある。ニュースバリューを考え、適当に要約して簡潔な記事に仕立てろというわけだ。徹底的な取材が要求されるのは、社の総力を挙げて取り組む大ニュースなどに限られる。

那須氏に限らず、ノンフィクションを書くライターは、新聞記者の遠く及ばぬ克明な取材を重ねることが多い。その成果を問う場が硬派の月刊誌、いわゆる総合雑誌だ。有力三誌の休刊で、発表の場が狭められたことになる。

雑誌界では"婦人雑誌"の草分けの『主婦の友』や月刊映画誌『ROADSHOW』など有力誌の休刊も伝えられた。読売新聞の報道によると、出版界で書籍の売り上げは微減だが、雑誌の売り上げは最近十年間に約二四%減少した。月刊『現代』の発行部数は、最盛期の五分の一に落ちていたという。

活字離れやITの進出などの事情もあるだろう。だが出版ニュース社の清田義昭代表は毎日新聞への寄稿で「雑誌不振の原因は『より早く、深く、正確に』の雑誌づくりの基本が崩れているところにあるのではないかと思う。何より雑誌は読者に選ばれて存在することを改めて考えねばならない。(中略)読者とともにつくるという当たり前のことを実現することだ」と指摘している。

筆者は最近、ある総合雑誌を買った。かつて愛読したコラムが続いており、次の号も買った。しかし半分も読まずに投げ出した。記事量が多過ぎて、読み切れないのだ。これはあたかも「新聞を読む時間が短くなった」というのに、一部の大新聞が特集のページや別刷りを増やし続けているのと似ていないか。

朝日新聞への寄稿で作家の丸谷才一氏は、総合雑誌の原点は文学にあったはずだが、一部の雑誌はこの視点を欠き、読者の範囲を限定したと論じ「その結果、総合雑誌は痩せ、魅力が薄れた」と述べていた。ケータイで小説が読まれる時代に、総合雑誌の、そしてノンフィクションライターの前途は厳しい。

一部宗派では若手僧侶らが、信徒の宗門離れ傾向に危機感を抱き、百年後の宗門のあり方を論じ合っている。百年後の雑誌界はどうなっているだろうか。