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「言葉よ届け」と演説をしたのに

2008年10月30日付 中外日報(社説)

首相が国会で演説をすると、必ずその全文が各紙上で詳報される。作家の曽野綾子さんは、いつもはそのページを読む気になれないが、九月二十九日の臨時国会での麻生太郎首相の所信表明演説は、全文を読み通したそうだ。

首相に限らず、閣僚の国会演説は漢字が多くて堅苦しくなりがちだが、麻生首相演説はやさしい文体で、かなが多くて読みやすかった。だから、思わず引き込まれたのだろう。

曽野さんが小説を書き始めたころ、編集者に教えられた「小説を書くコツ」は「読者に読ませるのではなく、読んでいただけるような文体で表現すること」であった。麻生演説は、その「コツ」にもかなっているそうだ。

筆者も首相演説のページを開いてみて、なるほどと思った。「かしこくも、御名御璽をいただき」など大時代な表現もあるが「わたしは、悲観しません」「そしてわたしは、決して逃げません」「この言葉よ、届けと念じます」などと分かりやすいフレーズが並んでいた。

麻生首相はさらに、十月中旬発売の月刊誌に、長文の手記を寄稿した。現職の首相としては異例のことである。

その中で首相は「まず国民の審判を仰ぐのが最初の使命だと思う」と、就任直後に解散・総選挙を行なうことを示唆して「小沢(一郎)代表よ、堂々の戦いをしようではないか」と民主党への挑戦状を突きつけている。そしてここでも「私は逃げない。勝負を途中で諦めない。強く明るい日本を作るために」と締めくくっている。

その、絶対に逃げないはずの麻生首相が、解散を先延ばしすることになったようだ。米国に始まった金融危機が世界に波及し、総選挙による政治的空白をつくることが許されぬ形勢になっている。

首相としては「堂々の戦いを」と自ら振り上げたコブシを、下ろすに下ろすことができず、極めて間の悪いことになった。しかし、証券市場が全面安となり、ドルもポンドも価値を下げている中で、ひとり日本だけが円高を抱えるという苦境である。首相の立場が分からぬでもない。

その間に、月刊誌への寄稿は首相自身の執筆ではなく、ゴーストライターの作文ではないかとの疑いも浮上してきた。文体が首相のスタイルではなく、親しい仲の、政治部記者のものに似ているとの指摘もある。もしそれが事実であるとすれば、国会演説の中の「この言葉よ、届け」がいかにも白々しいものになってしまう。

臨時国会で麻生首相が曽野さんに感銘を与える国会演説をしたその日、筆者は英国を訪れていた。イングランド北部の小都市で読んだ現地紙の一面トップには「ポンド経済、窮地に」の大見出しがあった。米国の投資銀行リーマン・ブラザーズの破たんから約二週間、米下院では金融安定化法案の審議が難航、いったんは否決された。その段階で、英国経済の前途を憂慮する紙面が作られていたことになる。

同じ時期に、麻生首相は「三段階を踏んで着実に経済成長をはかる」旨を国会で表明し、さらに「わたしは、悲観しません」とも言い切っていた。野党も野党で、演説内容が空疎で、新味が感じられないとの、通り一遍の批判をしただけである。どちらも、危機感が欠如していた。

経典には「如是我聞」と記されている。釈尊の言葉をこのように聞き、理解したとの境地を表わす。聖書には「初めに言(ことば)があった」の字句がある。いずれも言葉の大切さを強調している。

だが日本の政治は、言葉の大切さを軽んじていないだろうか。「逃げません」と言った早々に、逃げ腰では困る。これでは「言霊の幸(さき)わう国」であるとは言えまい。