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教え子と呼んでいただける喜び

2008年10月25日付 中外日報(社説)

「仰げば尊し、わが師の恩……」。戦前の卒業式では、ほとんどの学校で「仰げば尊し」が歌われた。現在でも一部の学校では、歌い続けられている。そのためか日本の教育界では、先生を「恩師」と呼び、児童・生徒を「教え子」と呼び習わしてきた。この二つの言葉をめぐって……。

戦前の小学生の、教師に対する信頼感は絶大なものがあった。雑誌に出ていた話だが、ある県の知事が小学生の息子に「学校の先生とお父さんと、どちらが偉い?」と聞いた。その息子は「もちろん先生だよ。先生はどんなことを尋ねても分かりやすく教えてくれるから」と答えた。

当時の知事は政府の任命制(官選制)で、内務省から派遣されたキャリアが就任していた。県によっては小学生の子どものいる若手が知事に登用された。息子の答えを聞いたその知事は「そうか、いい先生に教えてもらって幸せだな」とだけ言った。

「お父さんの方が偉いんだぞ。先生を採用したり辞めさせたりする権限は、お父さんにあるのだから」などと主張しなかったのはよいことだ。

わたくしごとだが、筆者の亡き母は大正の初年、高知県の漁村で育ったため、尋常小学校の教育しか受けていない。それなのに、唱歌のメロディーを「ドードレミー」と音符で歌うことができた。担任の先生がしっかり教え込んでくれたからだ。音楽教育が充実していたほどだから、読み書きや算術(算数)も町の子に負けないレベルの授業が行なわれた。「恩師」はどこの辺地にもいた。

教員採用や校長・教頭昇任で百万円前後の賄賂が動く九州某県の話題を、当時の先生たちが知ったら何と言うだろうか。

某県の事件が広く伝えられた直後に、産経新聞が読者からのテーマ投稿「教師への信頼」を特集した。京都府の加藤孝幸さん。「中学生時代、信頼できる教師が、何人もいた。体当たりで教える先生が多かった。高校の先生に理不尽なしかられ方をされた時、中学の恩師を訪ねて相談し、よきアドバイスを与えられた。中学の恩師を人生の先輩として尊敬している」

埼玉県の寺島吉彦さん。「高校時代に漢文を教わった先生は、八十歳になるのに記憶力抜群。クラス会にお招きしたら、全員をフルネームで呼ばれた。一万人を超す生徒の名を全部記憶しておられるとか」

「恩師」は健在だ。

では「教え子」という呼び名はどうか。アララギ派の歌人で、教師生活の長かった土屋文明氏は、もとの生徒を「教え子」と呼ぶのを嫌った。尊大・高慢の気風がこもっているから、ということのようだ。一部の元教師には面はゆさを感じさせるこの言葉が、最近の毎日新聞の投稿欄の話題となっている。

八月二十四日、福島市の今野金哉さん。「土屋先生に短歌を教わった私は、土屋先生同様に、生徒を『教え子』とは呼びたくない。これに代わる言葉があれば教えてほしい」

九月七日、宮城県の阿部敏一さん。「英国では『私と一緒に勉強した○○さんです』と紹介します」

同十五日、山口県の西村敏通さん。「私は『いわゆる教え子』『私の担任したクラスの生徒』などと言ったことがあります。でも現在『教え子』という言葉は極めて一般化しているのではないでしょうか」

同十七日、福岡県の太田千昭さん。「教え子は、生徒と教師の触れ合いの中から自然に出てくる言葉だと思う。『親友』という言葉と同じではないか」

京都市在住の元高校教師で、歌人の岩田晋次さんは「生徒の側からすれば『恩師』から『Aは私の教え子です』と言ってもらうのがうれしいもの。弾力的に考えたらよいのでは」と語っている。「恩師」も「教え子」も、使う人の意識次第ということだろう。