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統計では犯罪が減っているのに

2008年10月9日付 中外日報(社説)

「他人事と思っていたら、突然自分の身に降りかかってきた」と、妻の高校時代の友人が怖がっていたそうだ。その友人の娘さんが京都市内の勤め先から帰宅途中の路上で、後ろからバイクで来た若い男にハンドバッグをひったくられそうになった。必死に抱え込んだバッグは無事だったが、娘さんは転倒して左肩を複雑骨折、頭部も負傷したという。バイクはそのまま走り去った。つい先日のことだ。

「自宅の隣のコンビニの前で襲われた。いつも帰りが遅いので、これから毎日駅まで迎えに行くことにした。近ごろの犯罪は場所を選ばない。怖い世の中になってしまった」。妻の友人は昨今の治安に強い不安感を募らせたようだ。

体感治安という言葉がある。市民が日常感じている社会の安全度と犯罪統計上の数字とが異なる場合によく使われる。各種の世論調査では、年々治安が「悪くなっている」という回答がいつも七割から八割を占める。しかし、本紙九月二十五日号の「"異端"の可能性」で森達也氏が指摘していたように、殺人事件の認知件数が戦後最も多かったのは昭和二十九年(約三千八十件)で、昨年(約千二百件)は戦後最低の数字だった。

警察庁の統計によると、例えば重要犯罪(殺人、強盗、放火、強姦、強制わいせつなど)のここ十年ほどの認知件数は、平成十五年の約二万四千件をピークに減少を続け、昨年は約一万六千九百件だった。ひったくりは平成十四年の約五万二千九百件がピーク。その後毎年減少し、昨年は約二万三千七百件と半減した。その他の犯罪も、振り込め詐欺を含めて、ここ数年減ってきている。数字で見る限り「年々悪化している」という体感治安とは食い違う。

その原因は社会学などの研究テーマでもあり、さまざまな要因が挙げられている。有力な意見は森氏のコラムも指摘していたが、マスメディアの報道によるというものだ。

マスメディアは、近年多発する異常な犯罪の残忍さや容疑者の生い立ちをワイドショーなどでこと細かに報道する。凶悪事件を起こした少年の家庭環境や社会的な背景を執拗に追う。特にテレビがそうだが、一斉に感情的な報道を繰り返す――等々で社会の不安や恐怖心が必要以上にあおられているという。

犯罪の原因や背景を追究することは再発防止の上で欠かせないし、これまで犯罪被害者の怒り、苦しみにむしろ社会が無関心過ぎたことは紛れもない事実である。

ただ、マスメディアの集中豪雨的な事件報道、とりわけテレビの視聴率至上主義ののぞき見趣味的な過熱報道には、筆者も以前から強い危惧を持っている。政治や行政がそんな報道に乗った形で社会全体がどんどん厳罰化の方向に動き、不安も一過性のものではなくなってきたことは確かだろう。「治安の悪化は一種の信仰になり、監視社会へのテコになっている」という意見もある。

体感治安悪化の理由は、もちろんメディアばかりにあるのではない。筆者は電車内で見かける若者たちの行儀の悪さに日々腹を立てる旧世代だが、そんな身近なことも治安の悪化と感じる向きもあると聞く。増加する外国人労働者への潜在的な偏見によるものもあるそうだ。

とはいえ東京・秋葉原事件のような不可解な動機に基づく「劇場型」の無差別殺人や大阪の個室ビデオ店での見境なく無関係な人々を巻き込んだ放火など、不安に拍車をかける異常な犯罪が後を絶たない。また、冒頭の話のように一度犯罪の被害に遭うと、その苦い記憶はいつまでも消えないものだ。

人々の不安は高まるばかりである。宗教者の積極的なかかわりを期待する向きが多いのではないか。