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二十一世紀の宗学

2008年9月20日付 中外日報(社説)

近代、明治初期からヨーロッパの仏教学の研究法がわが国に移入されて今日に至っている。その主流をなしてきたのは、文献学もしくは原典学の研究である。

従来の研究資料は、漢訳仏典に限られていた。近代仏教学の対象は、サンスクリット語・パーリ語その他の言語、二次言語としてはチベット語・中国語などで書かれた文献である。

戦後のひところ、「仏教学盛んにして仏教衰える」と言われたことがある。宗学的仏教学の研究の振興が教団仏教の活性化、発展に果たして寄与しているのかどうか、ということである。学問研究は尊重しなければならないが、誤解をはばからずに言えば、この説にも確かに一理あるとはいえよう。

江戸時代、各宗単位の自宗の教学研究は宗乗といい、自宗以外の教学・学問のすべては余乗といった。だが、今日、宗乗・余乗は死語に等しい。一方、「宗学」については「各宗門の教義に関する学問」とある(『広辞苑』第六版、一三一六ページ初段)。

江戸幕府の宗教政策は、現代仏教の基本的な性格づけをなした点で注目すべきものがある。教学研究に限ってみれば、幕府は他宗との教学論争を厳禁した。「宗論はいずれ負けても釈迦の恥」と川柳にある通りである。

中世、鎌倉期までは八宗兼学であった。濶達な自由討究が行なわれ、宗派意識は江戸時代の後期封建制社会のようにあまり固定化されたものではなかったようである。

かつて東大寺の凝然(一二四〇-一三二一)は『八宗綱要』一巻を著わした。これは空海の『秘密曼荼羅十住心論』の綱格に範をとったものであるが、江戸時代の教団仏教ではあり得ないことだったかもしれない。

現在の日本仏教は、江戸時代以来の個別的な縦割りの宗派中心主義である。これは慣習的な宗教の体質が一朝一夕にして改革されるものではないことの例証である。

今日では例えば「各宗概論」で他宗の教学を学び取ることは、ほとんどないといってもよいのではなかろうか。宗立大学だけでなく各宗の専修学院・専門道場など、また研究機関においてもしかりである。

他宗の教学――厳密に言うと実践教学であるが――を学ぶことは、かつての八宗兼学のように教学交流の糸口をつくる上でも極めて有効であり、自宗の特質の再認識に資することにもなるに違いないであろう。

伝統的な宗学研究と近代仏教学研究のはざまにあって、文献学を中軸とする仏教学とは別に、仏学(ブッダ・セオロギー)の確立を目指すべきであるという提言を見受けることがある。ここで言う仏学とはキリスト教の神学に対応するものと理解すればよいかと思われる。

カール・バルト(一八八六-一九六八)の弁証法神学すなわち危機神学、あるいはラインホルド・ニーバー(一八九二-一九七一)のキリスト教現実主義の立場の確立は世界的に知られている。

二十一世紀の新宗学としての「仏学」が創唱されるのが望ましい。そのためにも日本仏教の伝統的な宗学を再検討する時が来ているのではなかろうか。各宗の特質を時代即応に掘り起こしてゆくとともに、各宗の協力によって現代の新宗学すなわち日本仏教の仏学を樹立する機運をつくっていくべきであろう。

今や世界は国際化の時代である。

日本仏教は南北アメリカその他に各宗の別院や仏教寺院を持つ。従来、海外の布教教化は邦人・日系の人々を主要な対象としてきた。が、今や現地の人々を無視できない趨勢にある。

かつて鈴木大拙の英文"Zen-buddhism"(禅仏教)によって、禅が世界的に関心を持たれた先例もある。

国際化の現況を視野に入れるならば、教団仏教にとって、開かれた教学の再構築なくして世界性を持った今後の展望は見いだし難いだろう。一千数百年に及ぶ伝統を誇るわが国の教団仏教に、そのための真摯な努力を要望してやまない。