ニュース画像
参列者が念仏を称える中、伊藤門主は1292霊の法名が記された御回向帳を1枚ずつ手繰った
主な連載 過去の連載 エンディングへの備え
苦縁―東日本大震災 寄り添う宗教者たち
購読のお申し込み
新規購読キャンペーン
紙面保存版

信仰深い漁民に応えるべき政治

2008年9月6日付 中外日報(社説)

八月中旬の毎日新聞に、「勝浦漁港から首相に貝」と題した小さな囲み記事が掲載された。二月中旬のイージス艦と漁船との衝突事故で、千葉県勝浦市の漁民二人が行方不明となっており、事故当時の責任者だった石破茂・前防衛相が"お盆の挨拶"に行ったところ「きょうは、事故の話はなし。福田(康夫)首相とともに、召し上がってください」とアワビなどを託されたという。

記事には明示されていないが、恐らく同市川津漁港に水揚げされたものであろう。すでに防衛相を辞任した石破氏の気配りも立派だし、行方不明者の家族をはじめ漁民の側も、奥ゆかしい振る舞いだ。

事件直後の川津の人々の行動について、四月上旬の京都新聞のコラムに、京都市の図書出版文理閣代表、黒川美富子さんが寄稿していた。事故の翌日から仲間の漁船は連日、行方不明の二人の捜索のために海へ出た。一日十万円余の燃料費も自前で、寒風の海に二人の姿を求め続けた。

一週間が過ぎて「浦じまい」が行なわれた。「浦じまい」とは、行方不明のまま七日間が過ぎた場合、一つの区切りとして行なわれる儀式であるという。黒川さんは、儀式を取り仕切った地元寺院、日蓮宗津慶寺の寺族、宇野あや子さんから知らせを受けた。

宇野さんの便りには「浦じまいが一つの区切りとなり、音も笑いもなく謹慎していた川津に、少しずつ生活が戻りました。舟神様が船体からお寺に戻って、住職がお経を上げました=要旨=」とあった。「浦じまい」は捜索活動で海を騒がせたことを海神にわびる儀式でもあるという。

黒川さんは高知県の出身だが、高知の漁村には「浦じまい」の慣習はない。千葉の漁村に特有の営みであろうか。川津漁港は日蓮聖人の誕生地に近く、漁民の間には法華信仰に基づく独自の伝統があるのかもしれない。

ところで、この衝突事故のあったころから、世界的な原油価格の急騰が始まった。漁業への影響はことさら深刻で、燃料代がかさむため、操業すればするほど赤字になるというので、七月十五日には全国の漁船二十万隻が一斉に休漁した。前代未聞の、漁民によるゼネストである。政府は燃料代値上がり分の九割を補助することを決めた。

しかしそれで、漁業界が息を吹き返すかというと、そうではない。魚の価格が必ずしも生産原価で決まる仕組みになっていないからだ。ほかの業界では、例えば原油高で穀物の価格が上がると、その製品のパンやカップラーメンが値上げされる。経済用語で言うと、川上の影響が川下に及ぶわけだ。ところがなぜか、魚の流通市場では川下に主導権があり、小売価格が川上を支配している。

東京・築地市場の仲買業者が朝日新聞の取材に答えたところでは、大手スーパーが作る一ヵ月後の広告の原稿には、すでに魚の小売価格が入っている。漁民は取った魚を、その値段に合わせて出荷するしかないのだそうだ。

『文藝春秋』九月号掲載の葉上太郎氏のリポートでは、築地市場での全魚種平均単価は、平成十四年に一キロ九〇八円だったのが、十九年には八六三円に下がっている。五年間に五%の下落である。全国的に見て、タイの価格が急落した。これは地方有力都市の料亭での"官官接待"がなくなったためだとか。

いま漁村の働き手の主力は六十歳代だが、その人々は、Uターンして来た息子には漁業を継がせないという。農村と同じように、漁村の崩壊は目の前に迫っている、と葉上氏のリポートは警告する。

川津の漁民の振る舞いが奥ゆかしいと感心している場合ではない。政府は抜本的に第一次産業対策を見直すべきだ。日蓮聖人の教えを守る漁村の伝統を守り続けるためにも。