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庵住期構想

2008年8月30日付 中外日報(社説)

とかく老人には住みにくい世の中になってしまった。

受給する年金は少なく、なぜか年々じり貧状態である。さらには高齢者医療への圧力、家族の紐帯の破壊、老人介護システムのお粗末さ……等々、数え上げればきりがない。いつからこんなことになってしまったのかと思うけれど、よく考えればもともとこの国は貧しい民草にはいつも冷酷だった、と思い当たる。

官僚や富裕層がのさばるだけの体制や制度を抜本的に変えなければ事は解決しないのだろう。であれば、地道にその変革を求める働きかけを続けなければならない。ただし、これは早急にどうなるものでもないし、今の仏教が社会制度改革の担い手としての役を果たし得るのかどうか。

となれば、思い切った発想の転換も必要なのかもしれない。

かつて、とある仏教系大学で講師を務めていた漢方医がいた。その彼が提唱したのが「庵住期」という構想であった。

庵住期とはインドの『マヌ法典』の有名な四住期説――人生を学生期・家長期・林住期・遊行期に分けてそれぞれの時期にふさわしい、意味のある生き方をすべし、という説に基づく。このうちの「林住期」、つまり社会の第一線を退いた後、悠々自適の宗教生活を送る人生の後半期を、林住は臨終に通じて語感が悪いとて庵住期と言い換えたものである。

どうするのかと言えば、師の構想では還暦のころに第一線を引き、家督も譲った後、住み慣れた土地や家も離れて田舎に居を移すことから始まる。そのセンターとして着目したのが今や過疎地で疲弊している寺院なのである。

地方寺院の多くが衰えているのは檀家制度に頼り切って活力を失ったことに原因がある。葬式・法事に依存しているだけでは、もはや先行きはない(その衰退の影は都会寺院にもじわりと迫ってきているのだが、そのことはしばらくおくとして……)。

過疎地には豊かな土地が広がっている。都会で見失った自然がある。昔と違ってネット時代の今は情報も流通も不便さはない。

そんな場所で空き家となった民家を譲り受け、あるいは寺院の境内に庵を建てて、晴耕雨読の、寺院を拠点とする知的レベルの高い環境の中で、居住者それぞれの能力や技術を持ち寄って協同社会を形成しようというのが狙いである。寺院の活性化、村おこしなど、その波及効果は大きいだろう。

問題となるのは医療である。当然のことながら老人ともなればあちこちに身体の不具合が出てくる。しかしよくよくみれば、足しげく病院に通った揚げ句、薬漬けになってしまっていることに気づく。見るからに無機質な病室で、多くのチューブにつながれて人生を終わることがさほどありがたいとも思えない。漢方や民間療法、そして充分こころのこもった介護を受けて天寿を全うすることの方が、不自然な延命よりも良い選択ではないか。

この国も、いつまでも物神信仰や人口の都会集中が続くとは思えない。いったい人間は何に執着しているのだろうか。「到るところ青山あり」と割り切れば、存外気分は晴れやかになるものなのだ――。

いいことづくめのようで、いささか荒唐無稽な面もあるこの構想は、提唱者の突然の死によって頓挫したが、ここから考えるべきことは多い。

昨今、都を見渡せばあちらのご本山でもこちらのご本山でも遠忌事業が盛んである。何十年に一度だけれど、どの宗派にも宗祖や高僧はたくさんおられるから次から次へと事業の絶えることはない。むろん、宗門が今日あるのはこれらの祖師たちの功績なのだから報恩の思いを持ち、それを形に表わすのは大事なことである。

しかし何事も「過ぎたるは」、である。そのことに費やされる予算があまりにも莫大になるようなら、その一部でも末寺振興に充てるということはできないだろうか。

いったんつぶれたら、零細な寺院は二度と復興しない。それぞれに由緒があり、地域に溶け込んだ歴史を持つ。そんな寺院をもっと大事にし、来るべき「地方の時代」を先取りして、その中心施設となるべき地方寺院のあり方を真剣に考えたいものである。

「庵住期」とは何よりも「よく生きること」とは何かを考え実行すること、そして上に挙げたさまざまな問題への一つの提言でもあったように思われる。