ニュース画像
「誠」の隊旗を掲げた五重塔院で営まれた法要
主な連載 過去の連載 エンディングへの備え
苦縁―東日本大震災 寄り添う宗教者たち
購読のお申し込み
新規購読キャンペーン
紙面保存版

息子が机に飾る作家の直筆返書

2008年7月31日付 中外日報(社説)

先日の産経新聞の読者投稿欄「談話室」に「優しい若者 うれしい日曜日」が掲載された。「アナウンサー・小川宏」の署名。フジ系列で「小川宏ショー」を司会した人であろう。

内容は、日曜日に満席の電車に乗り、若者に席を譲られた。「私、年寄りに見えますか?」。八十二歳の小川さんが聞くと「僕より年上だと思います」とさわやかに笑った。次の駅で降りると言いながら降りないで、さりげなく隣の車両へ移る。「憎い配慮だ」と小川さんは記す。

たしかに心憎い配慮だ。小川さんを年寄りと言わず「僕より年上」と言ったことを含めて。それに、小川さんほどの有名人が、一読者として投稿した姿勢にも心憎いものを感じた。

この欄には小川さんより十日ほど前に「白文字『ありがとう』に感動」が掲載された。「岩手・宮城内陸地震」に直撃された宮城県栗原市の築館中学校の生徒が、命がけで救援活動に努めてくれた自衛隊や警察、消防の飛行機やヘリによく見えるよう、校庭に「ありがとう」の白い文字を描いた。文字の大きさや材料など、見えやすくするための工夫をみんなで相談したという。

そのことを伝え聞いた埼玉県の寺島吉彦さんが「生徒諸君、いいことしたね」と投書にまとめた。これをニュースとして報道した社もあったが、投稿の形で伝えられると、また一味違った印象を受ける。

同じころ毎日新聞の「みんなの広場」欄には「信号ボタン故障 迅速な修理に感謝」が掲載された。大阪府東大阪市の深江徹さんは視力障害の身で散歩に努めている。ある日、いつものコースの横断歩道で、押しボタン式信号機のボタンが故障していた。この信号が働かないと、向こう側には渡れない。

近くの市の出先機関へ行き、そのことを訴えた。若い男性職員は深江さんに同行して故障の事実を確認し「管轄は違いますが、連絡しておきます」と答えた。二日後、同じ交差点を通ろうとした深江さんは、信号機がちゃんと修理されているのに気付いた。「お役所仕事は時間がかかると思っていたのに……」

ではどの役所が迅速に対応したのか。警察関係者の話では、信号機の管理は警察の担当だという。東大阪市の場合は、出先から市役所の本庁へ、それがさらに大阪府警察本部へと伝えられたことになる。最初に深江さんの訴えを聞いたのは何という出先機関の、何という職員だったのか。「交通信号のことは警察へ行きなさい」と突き放さなかった姿勢がいい。

その投書の隣には「それでも生きていかなければ」と題して、埼玉県の竹野敦子さんが投稿していた。

「高校生だった息子が、心酔していた作家に往復はがきで質問状を出した。作品を書く時の心情についてなど、つたない質問だ。人気作家からの返事は期待できないと思っていたら、一ヵ月後に直筆の返事が戻って来た=要旨」という。投書の題は、その時の返書の一節を取ったものだ。

その息子はいま大学生となり、都会で一人暮らしをしている。竹野さんが息子の部屋を訪れると、机の上に、作家からもらった返信はがきが、宝物のように飾られていた。

これまた、いい話だ。この作家って、だれだろう。実名を出すと、ファンレターが殺到し、作家の迷惑になるかもしれないと、新聞社が配慮したのだろうか。だが筆者は、作家名が分かれば、その人の小説を読みたいという気がする。

新聞の投書欄には、批判や抗議めいた投稿が集まりがちだ。しかし時には、このような心温まる話題に接することがある。読売新聞には、置き忘れた貴重品を名も告げずに届けてくれた人に感謝をする投稿があった。「地獄で仏」というべきか、この世もまだまだ捨てたものではない。