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二つの宗教会議が残した成果と課題

2008年7月10日付 中外日報(社説)

北海道洞爺湖で開催された主要国首脳会議に合わせて、宗教者による二つの平和会議が開催された。一つは世界宗教者平和会議(WCRP)日本委員会の主催で二~三日に札幌市で開催された「平和のために提言する世界宗教者会議」であり、もう一つは、これに先立ち六月二十七日から二十九日に大阪・京都で開かれた「G8宗教指導者サミット」である。

二つの会議は、同じ組織の内部不統一から分裂した動きになった。大阪・京都で開催された会議の運営委員長と事務局長はWCRP日本委員会の役員でありながら、WCRPでの機関決定より先に大阪で「G8宗教指導者サミット」の事務局を立ち上げた。このためWCRP日本委員会は昨年十一月に急きょ臨時の理事・評議員会を開いて日本委員会の主催する宗教者会議の開催を正式に決定するという経緯があった。

こうした内部問題について事後に言挙げすることは、双方の関係者にとって不本意なことかもしれない。しかし、世界各地から多くの諸宗教代表者を招いての「宗教対話」の舞台づくりを担った人たちの間に齟齬を生じたことは、今後のWCRPの運営に少なからぬしこりを残したのではないかと危惧される。

それはそれとして、二つの会議はそれぞれに会議の成果を宣言文や提言書にまとめて発表した。今後、その評価が問われることになる。

大阪・京都での会議は「地球と生きる-宗教者からの提言」を主テーマに「自然と生きる」「民族と生きる」「アフリカと生きる」の三つの分科会で討議を重ね、その内容を取りまとめた。そこでは第一に「心の問題の解決なくして地球環境問題の解決はありえない」ことを宣言している。

また「宗教者が地球環境救済のために発信できることは(中略)自然の叡知に感動する心である」と強調。多様な宗教観を取り入れた「新たな産業経済社会の構築」を求めた。

しかし人類社会の不幸や矛盾、地球環境問題の解決を「心の問題」に集約させる論じ方には危うさが感じられる。

さらに、民族文化や宗教の多様性を抹殺する動きを「国連の人権宣言の精神に反するもの」と断じる一方で、「それらの問題に対して、他者を責めるという形ではなく、ほかならぬ『私自身の罪』であるという主体的な痛みを感じることから始めなくてはならない」と訴えた。

続けて「地球共同体で起きている悲劇から目を背けることは、人間として無責任であり、究極的には神を冒涜するもの」としているが、誰に向かって「罪」を問い、誰にとっての「神」への冒涜だと言っているのかが明らかではない。

人類社会で起きている抑圧、多様性の抹殺、人権侵害などの諸問題を「私自身の罪」として主体性に転換することが果たしてどういう意味を持つのか。現実社会の矛盾を自己一身の問題として内省化するとき、あらゆる社会問題は変革への力を失うことになる。それは社会問題に責任を持つ為政者の思うつぼになるという歴史の教訓に学ぶべきだと思われる。

一方、札幌での世界宗教者会議は「共有される安全保障」をテーマに議論を重ね、G8各国首脳に向けての提言書を採択した。提言は「環境破壊と気候変動」「国連ミレニアム開発目標」「核兵器の廃絶」「テロリズム及び武力紛争」の四項目にわたって具体的な要請をまとめている。

基調となるのは「すべての宗教が時に暴力を助長するために誤った用いられ方をしてきたという事実」への認識と、「宗教コミュニティーが人類共通の福祉の実現に向けて献身すること」への誓い。そして人間と自然、自己と他者とが相互依存の中にあるという事実の確認である。

その上に具体的な行動計画の策定を要請し、特に「環境と戦争の間に密接な関係があること」を指摘。国防軍事費を削減して、その財源を環境保護の活動推進や貧困の軽減に充当するよう呼びかけている。

テロリズムの否定にとどまらず、テロへの軍事制裁がテロの連鎖を生み、社会の基本的自由を脅かすことを警告。「テロリズムを阻止し、平和を促進するには、争いの解決に非暴力的手段が用いられるよう最大限の努力が払われなければならない」と訴えている点も注目される。

宗教者が首脳会議の機会をとらえて行動を起こしたことは評価される。それぞれの提言が、人類の共有すべき課題を提示したことを否定するものではない。それだけに宗教者同士が同じ目的に向かって歩調を合わせることができなかったのは残念である。