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聖徳太子の嘆き聞こえるような

2008年6月26日付 中外日報(社説)

経済専門誌の『週刊ダイヤモンド』は最近、経済以外の分野についても、さまざまな大型特集を組んでいる。先ごろの宗教界特集に続いて、最近は主要都道府県の「病院格付け」を取り上げた。病床数、専門医や看護師の数、予約制の有無はもとより、院内のバリアフリー度まで、総合的に採点している。

同誌によると「他誌の病院のランク付け特集は手術数のデータが中心だが、本誌は十三の項目について採点した」そうだ。相談窓口の有無や、セカンドオピニオンへの情報提供という項目もある。

筆者の住む地域のページを開くと、最高点は国立大学医学部の付属病院、続いて赤十字病院と、歴史のある民間病院が二位を分け合うなど、興味深い"番付"が構成されていた。筆者が比較的よく利用する二つの病院は、いずれも上位にランクされている。

ところが、その上位ランクの病院の一つへ行くと、各科の診療室の前に「A先生は先月末で退職されました」とか「B先生の診察は今月末で終了します」などと張り出されている。評判のよい病院であるほど、医師の勤務がハードになるのだろうか。いずれも働き盛りの年代なのに。

別の病院では五年ほど前から、待合室の中に幼児コーナーが設けられていた。看護師たちが持ち寄ったぬいぐるみを抱いて遊ぶ幼い患者を見かけた。だが約二年前、幼い患者の姿が消えた。小児科が廃止されたためだ。ぬいぐるみは放置された揚げ句、先日、ついに撤去された。いま待合室には高齢の患者しか見かけないが、現行の医療制度が続くと、その人々の足も遠のくのではないか。

これは過疎地の病院のことではない。政令指定都市の中心部で、いずれもJRの駅から歩いて数分という場所である。そのような立地条件のよい病院でも"医療崩壊現象"が始まっているわけだ。

医療崩壊といえば、この特集には経営危機に瀕した自治体経営病院の"番付"も掲げられている。中には「あの有力都市の市立病院が……」と驚かされるケースもあった。

『週刊ダイヤモンド』誌が特集したのは、大病院のランク付けだが、一般の患者にとっては、身近な開業医と大病院とのネットワークの確立が何よりの支えになる。

かつて本欄で紹介したことだが、小学校六年生の男児が気分が悪いと言って早退した。養護教諭は、その日のうちに医師の診察を受けるよう、母親あてのメモを持たせた。

開業医は、すぐ市内の総合病院へ行きなさいと、紹介状を書いた。総合病院は「この病院には治療する設備がない」と言って、大学病院に連絡し、翌朝、一番に検査が受けられるよう、予約を取り付けた。

男児は、白血病だった。医師たちが、自分のメンツにこだわらず協力し、最善の治療を尽くしたために、男児は一年間休学したけれども、教室に復帰することができた。養護教諭から大学病院まで、すべての人々が"名医"の役割を果たした。しかし高齢者の医療には、このような有機的な対応ができるだろうか。

聖徳太子が開いた"仏法最初の寺"四天王寺には敬田院、施薬院、療病院、悲田院の四箇院が置かれた。学問にかかわる敬田院を除いた三箇院は病める人、貧しい人のための施設で、今の厚生労働省に相当する働きをした。

四天王寺創建から千数百年を経て、日本の厚生行政は果たしてどれだけ進歩したといえるだろうか。ある病院の壁には、生活習慣病を予防するための講習会開催を予告するビラが張られていたが「後期高齢者の方は対象外です」と記されていた。病院の意思ではなくて、政府の方針であることは明らかだ。"弱者に冷たい"現実を、聖徳太子もお嘆きではあるまいか。