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苦縁―東日本大震災 寄り添う宗教者たち
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宗教情報についてもリテラシーの発想を

2008年6月24日付 中外日報(社説)

インターネットが宗教に及ぼす影響がいろいろに論じられているが、日本社会での影響は少し独自なものも見えてきた。あまり影響が及んでいない側面と、意外な広まりを見せている側面とがある。

ネット上の仮想世界として注目を浴びた「セカンドライフ」がアメリカで立ち上げられてから五年ほど経過するが、日本ではそれほど普及していないようだ。英語圏では布教の試みも複数なされているということであるが、日本の教団がセカンドライフを布教・教化に利用した例は知られていない。セカンドライフに限らず、インターネットのサイトを布教・教化の一環としてみなすという姿勢は、日本の宗教界には概して乏しいことが見てとれる。

その一方で、日本でも予想外の形で宗教情報がネット上に広まっている例として、「YouTube」が挙げられる。「YouTube」には過去のテレビ番組などが数多くアップロードされているが、宗教団体作成の動画、アニメなどもアップロードされている。個人的に作成したものもある。最も多いのは創価学会関連であるが、すでに宗教法人を解散させられたオウム真理教の過去のアニメなども数十タイトルがアップロードされている。

これらは布教・教化にかかわるものとともに、批判したり揶揄したりする内容、また中傷的なものも含まれており、「2ちゃんねる」の動画版的な性格が現われている。アクセス数も多く、オウム真理教の「尊師ソングメドレー」などは、今年六月現在で約三十万の再生回数が記録されている。

また携帯サイトは、出会い系サイトが社会問題となることが多いが、コミュニケーションの手段として当初の予想以上に日常生活に入り込んでいる。見知らぬ人間とかなり立ち入った話までやりとりしているということが明らかになってきた。

携帯サイトを介しての宗教情報の伝達、布教・教化がどのように展開しているのかは、まだほとんど分かっていない。しかし、知り合いとの通話という以上のさまざまな情報獲得手段としての機能を携帯電話が持ってしまった今日、その宗教に及ぼす影響は、無視できないものとなろう。

こうして次第に見えてきたのは、情報時代は宗教に関するさまざまな情報が、教団のコントロールをはるかに超え、多様に飛び交うようになったということである。インターネットが登場したときに、これはすでに予測されていたが、携帯電話が普及し、高機能となったため、予想外の展開を見せる可能性がある。

生活や信仰上の悩みがあれば、支部とか宗教施設を訪れて、そこで信頼の置ける人に相談するというのが、これまで最も一般的なパターンであった。だが、そうした対面状況が苦手な若い世代が、携帯サイトで知り合った人に、そうした悩みを打ち明けるというケースが増えるかもしれない。匿名性の強さが、打ち明けやすさを増している面があるからである。

インターネットが普及し始めたとき、宗教界の人たちの多くは、宗教の深いところは対面状況でなければ伝えられないと考えたようだ。ところがここへきて、携帯電話がインターネットと連結した結果、新たな一対一でのやりとりの形式が登場することになった。このような新たな情報環境は、悪しき意図が介在するなら、非常に厄介な状況を生み出す可能性がある。

学校裏サイトが大きな問題となっているが、情報ツールの悪用は宗教の現場でどのような形をとるか、予測はし難い。だが、教育界での現状を見るなら、楽観的な予想は立てられそうにない。情報リテラシー(情報を自己の目的に沿って活用する能力)は、宗教界でも本腰を入れてなすべき段階に来ているのではないかと考えられる。