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テレビの効果と報道機関の節度

2008年3月8日付 中外日報(社説)

仏教界には「鍵役」という役職を置く宗派がある。名目的には本堂の鍵を預かる職務だが、実際には本山の運営全般の押さえ役として、伝統的に重い役割を担った歴史がある。ところが最近になって、仏教界以外にも"鍵役"があるらしいことが分かった。

当選したばかりの橋下徹・大阪府知事は、膨大な赤字を減らすため、府の外部団体や府営の施設のどこにムダがあるかの点検に努めている。ある施設では、同じような運営をしているのに、競合する民営施設は黒字、府営が赤字なのはなぜかと問いただし、施設長をタジタジとさせた。

別の施設では、府から天下りした役員がどんな仕事をしているかと質問した。その答えは「部屋の鍵をあけたりしめたり……率直に言ってジャマですね」だった。つまり"鍵役"だ。だが仏教界と違ってこの鍵役はろくろく仕事もせずに高給を得ていることになる。「ではこの役職は、来年度から廃止します」。小気味よいやりとりが、テレビを通じて逐一、茶の間に流れる。さすがにテレビの効果を知る橋下氏だ。

その橋下知事が執務する大阪府庁の筋向かいが、NHK大阪放送局である。言うまでもなく、府庁から最も近い報道機関だ。そのNHK大阪へ、橋下知事は今後いっさい出入りしないと宣言したという。

情報を総合すると、橋下氏は当選直後、各方面へ挨拶回りをした。NHKはナマ放送をするため、何時何分に来てほしいと注文したが、挨拶すべき先が多く、NHKへはかなり遅れて着いたらしい。放映の際に遅参への非難めいた言葉があったと受け取った知事は、今後NHKは訪問しないと宣言したようだ。

もし事実とすれば、NHKも身勝手だったといえよう。一般論として、NHKが取材してくれる、放映してくれるとなると、大変な名誉だと受け取る向きが多い。大相撲の本場所は、午後六時の少し前に打ち出しとなるよう、取組が進む。マラソンや駅伝の大会は、NHKの昼のニュースの直後に号砲が鳴ることになっている。見方によれば"地球がNHKを中心に回っている"ような状態だ――。橋下知事はそう感じたのではないか。

約十年前に、NHKが原爆をテーマに、意欲的なドキュメンタリー番組を作ったことがある。各地から、関係者が広島へ呼び集められた。最も遠くから来たのは、東京在住者だった。旅費は本人持ちである。しかし編集の都合で、東京在住者の映っている場面は、全部カットされた。その人にすれば、何のために旅費と時間をかけて、東京から広島まで行かねばならなかったのか、となる。

報道機関は、職責を果たすためには常に使命感に燃え、確信を持って行動しなければならないが、そのために配慮すべき点をわきまえる必要があろう。選挙の前後に一部の政治家は、マスコミに低姿勢で接することがある。そのような相手にも、それ相応の敬意をもって接するのが、一つの節度ではないか。

一方、橋下氏にも考えていただきたい。大阪府知事選で大勝することができたのは、テレビ出演の機会に恵まれ高い知名度を与えられていたからである。これまで、普通の政治家が断行することのできなかった改革を進めてゆくためには、テレビをはじめ各種のマスコミの報道に"乗る"ことも必要であろう。

かつて、テレビ人気を利用して政界進出を果たしたタレントの中には、期待したほどの成果を挙げることのできなかった人や、スキャンダルにまみれて政治生命を失った人もいる。橋下氏がその轍を踏むことはあるまいが、この際はNHK側に非難めいた言葉があると感じたとしても、それは職務熱心のあまりだと理解する度量が欲しい。それでこそ"大大阪"の知事というものであろう。