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定年を待たずにやめていく教師

2008年3月1日付 中外日報(社説)

筆者がかかわっている短歌の会に先日、定年まで五年を残して小学校教師を退職したという女性が、次の作品を提出した。

・職退きて「いい時やめたね」と言ふ人と「もつたいないね」という人半半

その日の選者もまた、定年の五年前に高校教師をやめ、短歌研究に専念する道を選んだ人だった。同じ席には、やはり定年の二年前に中学校の教師をやめた人がいて、共感するところがあるらしく、うなずき合っていた。

選者は言った。「六十歳が定年であれば、年限いっぱい勤務したらよいのに、が世間の常識です。収入も退職金も年金も、その方がずっと有利ですから。でも教員、特に公立校の場合は、一般のサラリーマンには分からぬ、シビアな部分がありますね。だから定年を待たずにやめていく人が増えています」

五十代の後半になると、校長や教頭にならない人でも、先任の教師としてさまざまな"しがらみ"に取りつかれる。この歌の作者に「いい時やめたね」と言ったのは、恐らく教育界の内情を知り抜いた人に違いないだろう、と。

その会の数日後に、文部科学省から、小中学校の学習指導要領改定案が公表された。"ゆとり教育"で授業時間が減少し、児童や生徒の学力が低下したとの批判に応える狙いのようだ。授業時間が週一コマないし二コマ増え、特に"主要教科"は一割以上の増加になるという。

新聞各紙に寄せられた識者の評価は「公立校と私立校の格差が減る」というもの、「落ちこぼれが増える」というものなど、賛否さまざまだ。現場の教師は「授業の内容が豊かになる」の歓迎論より「いまでさえ雑多な校務に追われているのに」という当惑の声が多いとの報道があった。冒頭に挙げた短歌の「いい時やめたね」の背景の一つは、こうした雰囲気を物語るものだろうか。

筆者の知人で、大都市の公立中学校に勤務する女性は、週に一度は帰宅が深夜になるという。いたずらが過ぎて警察に補導される生徒があると、担任が"もらい下げ"に行かされる。生徒ともども頭を下げて署を出ると、その生徒を親元へちゃんと送り届けなければならない。母子家庭で、母親が夜の仕事をしているケースも多い。そんな事件がない日でも、放課後は連日のように会議、会議に振り回される。「中央教育審議会の先生方、どれだけ現場の実情を把握しておられるでしょうか……」

さて、宗教界が注目していた「道徳」は、今回も教科化が見送られた。ただし各学校に「道徳教育推進教師」が置かれる。安倍首相時代に発足した「教育再生会議」が教科化を求めていたことへ配慮したのかもしれない。

さらに今回の改定案では「あいさつをする」「社会や団体のきまりを守る」など、学年に応じた指導内容が示されている。改定案公表当日のNHKテレビは、こうした指導内容を先取りして、道徳教育で成果をあげている小学校の例を挙げていた。しかし、そのような学校はまだ一部であるとのことだった。

"ゆとり教育"が導入された時、その時間をどう使うかが各学校に委ねられたため、校長や教頭の知恵比べコンクールのような形になったところがあった。筆者の住む市には、川のほとりに広い河川敷がある。ある小学校が、その河川敷の生物を観察するプログラムを組んだために、隣接校の校長が「手柄を先取りされた」と悔しがっていたのを思い出す。"ゆとり"のために"ゆとり"を失った校長……。

このたびの「道徳」で、どんな教育を実施するかが「推進教師」に丸投げされることはないだろうか。現場の教師に"ゆとり"がないだけに、いささか気になるところだ。成果のあがることを期待したい。