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宗教社会学が見た日本の宗教の位置

2008年1月31日付 中外日報(社説)

宗教社会学というと、少し硬い学問の印象を持つ人も少なくないだろう。宗教社会学の古典的な学説を学ぶとなると、まずはウェーバーやデュルケーム、あるいはパーソンズといった人々が示した考えに接することになる。それぞれどっしりとした著作が出ているだけに、やはりとっつきやすいものではない。

こうしたヨーロッパの宗教社会学の学説だけでなく、日本の宗教社会学や現在身近に起こっている問題を、宗教社会学的な視点から入門者に分かりやすく解説する本が先ごろ相次いで二冊刊行された。一冊は井上順孝著『宗教社会学がよ~くわかる本』(秀和システム)であり、もう一冊は櫻井義秀・三木英編『よくわかる宗教社会学』(ミネルヴァ書房)である。

いずれも見開き二ページで一つのテーマを扱っていて、体裁も似ている。ただ前者は図解があるが、後者は参考文献の紹介を細かく行なっているのが体裁上の大きな違いである。このような書がほぼ同時期に刊行されたということは、日本の社会や宗教事情に即した形での宗教社会学の研究がかなり進んできたことを示している。

宗教社会学だけでなく、日本の宗教学一般がヨーロッパの研究に大きく影響を受けながら、展開してきたことは誰もが認識しているところである。しかし、いわゆるビッグ・セオリーといわれるようなものが少なくなった時期に呼応するかのように、日本の社会に即した宗教研究の必要がいろいろな分野で意識されるようになったことは大変興味深い。

また、本紙が報じたように(昨年八月三十日付)、これまでの日韓学術交流を基盤に、東アジアにおける宗教研究の交流を一段と進めようという動きも出ている。東アジアは儒教、大乗仏教、道教などの影響が大きく、共有する宗教文化がヨーロッパとは異なる。日本独自の宗教現象ということをあまり過度に強調することなく、東アジアの宗教現象との比較を常に念頭に置きながら研究を進めることが好ましいだろう。

とはいえ、これらがヨーロッパやその他の国々で行なわれている研究と距離を置く形で行なわれることは生産的ではあるまい。冒頭の二冊の書とも、そのことは充分意識していることが分かる。ヨーロッパでも用いられている学説が日本でどこまで適用できるか、また新宗教研究など、日本で盛んになった研究がどれほど他の地域の研究にかかわり得るものか、そういう意識が背後にうかがえる。

両書で取り上げられたテーマを見ると分かるが、カルト問題、ファンダメンタリズム(原理主義)など、社会的にしばしばマイナスのイメージでとらえられるようなものがいくつか含まれている。これは日本だけでなく、最近の宗教社会学の研究の特徴である。古典的な宗教社会学とはこの点で違いがある。これは現実の社会における宗教の位置づけを反映したものにほかならない。

宗教関係者は宗教を価値あるもの、人間として必要なものとして前提する傾向にあるが、一般社会は必ずしもそうではないということが、こうした入門書の内容にも表われている。見方を変えると、現代社会においては宗教に関係した事柄は一般社会からどのような視点で見られているか、そうしたことを知るヒントがこれらの書には示されていることになる。

社会からの視線を知るということは、社会に何かを訴えていこうとする宗教者にとっては、極めて重要なことである。宗教社会学の成果を宗教関係者はそのように利用することができるだろう。