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新テロ特措法で欠けていたもの

2008年1月22日付 中外日報(社説)

インド洋で自衛隊の給油活動を再開する新テロ対策特別措置法が、衆院での再議決により成立した。その日ブッシュ米大統領がイスラエル、パレスチナ自治区への初訪問を終えた。ともに「テロとの戦い」に関係するが、宗教界と関連する立場から一つの視点を提起したい。

特措法について、新聞各紙の論調は積極賛成論と懐疑論に分かれた。賛成論は日米同盟や「テロとの戦い」への貢献を理由に挙げ、懐疑論には給油活動に代わる貢献策への論議が乏しいなどの指摘もあった。しかし総じて国会内での与野党対立にからむ政局報道の域を出なかった。テロを生む背景、特にイスラム過激派を勢いづかせているパレスチナ問題と関連づけた報道は皆無に近かった。

一昔前には「中東は世界の火薬庫」といわれ、その中心がパレスチナ問題だった。『梅原猛の授業 仏教』(朝日新聞社刊)に、それに関する記述がある。「9・11テロ」がテーマの「最終講義」で梅原氏は、長く植民地にされたイスラム社会の底に西欧社会への深い憎悪があり、それに拍車をかけたのがパレスチナ人を追い出してイスラエルの建国を推進したことだ、と指摘する。ゲットーやホロコーストなど、ユダヤ人も歴史上に幾多の悲劇を刻んできたが、建国後は四度の中東戦争を経てイスラエルは事実上、領土を拡大し、その結果、家を失ったパレスチナ難民が増え続けてきた(現在約四百四十五万人)ことなどを挙げる。「建国するなら米国のどこかの方がよかったのではないか」とも。

中東問題への先進国の対応は、歴史上重大なボタンの掛け違いであろう。そして、その掛け違いをますます広げているのがイスラエルの占領政策と、そのイスラエルを無条件に支援する米国、特にブッシュ政権にあることは明らかだ。

それは例えば最近、米国でベストセラーという『イスラエル・ロビーとアメリカの外交政策Ⅰ、Ⅱ』(講談社刊)で克明に分析されている。シカゴ大学のミアシャイマー氏ら二人の著者は国際関係論の世界的権威である。

イスラエルは核兵器を約二百発保有するという。その軍事大国が一九六七年の第三次中東戦争で占領したガザ、ヨルダン川西岸やゴラン高原などでユダヤ人の入植地を拡大した。特にヨルダン川西岸では長大な分離壁を建設、パレスチナ人の生活基盤を破壊している。さらに一昨年の第二次レバノン戦争で百万発ともいうクラスター爆弾を市街地に無差別投下した。それを米国が支持し続けていることがテロを誘発し、ひいては米国の国益をも阻害している。だがイスラエルと米国内のユダヤ人や親イスラエル団体の巧妙なロビー活動で米国は外交政策を変えられない――というのが同書のポイントだ。

米国はイスラエルを抑制する方向へと政策を改めない限りテロを抑止できない。同趣旨の主張は米国内でも出始めているが、それは同時に日本が「テロとの戦い」に参加するなら、まずはパレスチナ問題と米国の中東政策への関与が不可欠ということでもある。

歴代米大統領でブッシュ大統領は、最もイスラエル寄りとされる。従ってイスラエルとパレスチナの「仲介者」を企図した今回の訪問に成果が期待できないのは自明だった。話を日本に戻すと、新テロ特措法の審議と重なった好機だっただけに、重層的な視角を欠いた報道には物足りなさを感じた。

テロは宗教的には一神教同士の憎悪に根がある。パレスチナの問題も構図は同じだ。『梅原猛の授業』の中で著者は、憎悪の根を断つのが仏教の思想であり、「9・11テロ」を契機として「私は前より以上に仏教が好きになった。仏教は単に宗教の問題ではなく現実の問題でもある」と述べている。

米国のキリスト教右派には、パレスチナは「神がユダヤ人に与えると約束した地」だから、パレスチナ人の国家建設は認められないと考える人々もいる(前出『イスラエル・ロビー』)。しかしそれでは憎悪は増幅するばかりだ。仏教は「テロとの戦い」にも重要な役割を果たせる宗教である。二つの著書は、そのことをあらためて確信させてくれる。