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年に一度の葉書受け取る季節に

2008年1月8日付 中外日報(社説)

神社は初詣で、寺院は修正会。今年の年賀状、たくさん届きましたか?

日本郵政公社を衣がえして四つの事業に分割、新発足した民営の日本郵政(株)グループの中の郵便部門は、お年玉年賀はがきの売り出しに当たって「年賀状は贈り物だと思う」のキャッチフレーズでPRに努めた。「大切な人のもとへ、一年で、一番初めに届けられるプレゼント」の添え書き付きである。

ふだん、郵便はめったに出さず、用件は電話かメールで済ます向きも、新年の挨拶だけは年賀状で、という人が多い。パソコンのメールは、いつもなら郵便の強大なライバルだが、年賀状の季節には、有力な仲間同士になる。あて名の管理も、えとなどをあしらった図案の作成にも、パソコンが大きな働きをする。色美しい年賀状を受け取るのは楽しい。

もともと年賀状は、年始回りに代わるものであり、元日に書くものとされていた。石川啄木の「正月の四日になりて/あの人の/年に一度の葉書も来にけり」(悲しき玩具)は、年が明けてから書いた年賀状を詠んだものであろう。だが最近は、元日に先方に届くようにと、十二月中に発送する慣習が定着した。各郵便局は「早めに投函を」と呼びかけ、特別のチームを組んで集配体制を強化するのが常である。

さて、日本の郵便事業の創設者は越後(新潟県)高田藩士ゆかりの家に生まれた前島密(ひそか)であった。幕末に医学を学び、維新後の明治二年、新政府に出仕すると、翌年には近代郵便制度の創設を建議、欧米を視察したのち駅逓正となり、同六年には早くも、全国均一料金制の郵便配達網を整備した。

江戸時代の二百五十年にわたり、全国にネットワークを張りめぐらせてきた飛脚業者は、なんとかして生き延びようとしたが、大都市間だけならともかく、全国のすみずみにまで均一料金で郵便を届ける前島構想には太刀打ちできず、政府による郵便事業の独占体制が確立した。その官業郵便制度が平成のいま、約百三十年ぶりに民営化されたわけだ。

前島はその後、内務省駅逓総監、東京専門学校(早稲田大学の前身)校長、逓信次官、貴族院議員などを歴任、その肖像は最小額面の一円切手のデザインとなっている。

さて、官業が民営化されたことで、郵便事業はどう変わるのか。一般信書の送達に、新たな民間業者の参入する可能性も論じられている。江戸時代の飛脚の事実上の復活になるのかもしれない。競争によって、郵便料金が安くなれば、利用者にとっては有り難いことだ。しかし逆に、過疎地でのサービス低下を心配する向きもある。

例えば同志社大学の浜矩子教授は、毎日新聞への寄稿の中で、要旨次のように指摘している。

「市場原理の中でサバイバルしていくとなれば、どうしても収益性と効率性を追求する側面が出てくる。儲(もう)からなくても、痒(かゆ)いところに手が届く。他の誰もやってくれないことをしてくれる。公共サービスとはそういうものだろう。この公共性・公益性こそ、郵便改革の中でしっかり保全されていくべき部分ではなかったのか。公共サービスとしての性格を薄めながら、効率と収益追求の中で延命を図るというのでは、どうみても本末転倒だ」

浜教授のこの指摘は、多くの人々が漠然と感じている不安を、端的に集約したものであろう。「サービスは変わらない」と約束したはずなのに、定額小為替の発行手数料は十円から百円へと十倍に。その他、送金手数料の値上げで、一部企業は郵便振替から銀行経由の送金に切り替える動きもある。これからの郵便事業はどうなるのか。年賀状の束の厚さに浮かれてばかりはいられない。