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教育と創造的自由

2007年12月6日付 中外日報(社説)

いわゆる「ゆとり教育」が見直されている。ゆとり教育はほぼ二十年前に「詰め込み教育」への反省から生まれたもので、授業内容一般や授業時間を減らすこと、自分で学び考えることを促すために「総合教育」の時間を設けることから成り立っていた。ところがこれでは学力が低下するという批判が続出し、早くも揺れ戻しが始まったわけである。

「詰め込み教育」は一般に頻繁な学力テストとセットになっているものだが、これが行なわれた場合には、平均的学力は上がるけれど創造性は育たないというので、ゆとり教育が導入されたのである。確かに、日本人は与えられた課題をやり遂げることは上手だが、何をしたらいいか自分で考えて決めることは下手だといわれる。

旧日本軍について、兵は極めて優秀、士官はまあまあ、指導部はバカだという評を聞いたことがある。アメリカ軍にはそう見えたのであろう。学校秀才という言葉もある。これは、いい成績で卒業はするけれども社会に出ると創造性のあるリーダーにはなれない人のことで、はなはだ多いという。

それではいけないというので授業の仕方を変えたのであろう。ところが早くも揺れ戻しである。このような改革は長い目で見なければ成果のほどは分からない。

「ゆとり」か「詰め込み」かは長期を見通した決断と選択の問題である。「ゆとり教育」で育った小中学生が社会に出て実際にどういう業績を挙げるか挙げないか、それが分かるには気の長い検証が必要である。少なくとも二世代はかかるだろう。

ゆとり教育では平均的学力が下がることは最初から分かっている。しかし他方では長い間にごく少数の才能が開花する可能性がある。これは誰に言われなくても自分で学び、考える少年、下手な指導は邪魔だという少年の場合だが、そういう才能が結実するという実績が挙がるには数十年かかる。

ただし、創造的才能が育つについては条件がある。それは才能を開花させるのに必要な文化的環境があること、次に(劣らず大切なことだが)周囲の人々が少数の創造的才能を認めて評価することである。

わが国の場合、第二の条件が不充分である。皆と同じであることが安全とされ、変わり者は排除されるか無視されがちなのである。創造性を認めて受け入れる勇気も伝統も不充分に見える。

西欧ではルネサンス期に天才が輩出した。言うまでもなくダビンチやミケランジェロなどのことである。才能を評価することも利用することも知っていた王侯や教会や大商人が後援者になり、彼らの才能は充分な開花を遂げた。それに伴って天才を発見し評価し育てる文化も一般化したのである。

もっとも一世紀ほど後のガリレオは、近代物理学の基礎を築いた天才だが、カトリック教会からにらまれて不幸な晩年を送った。こうして物理学の中心は英国に移ることになる。絵の場合でもゴッホやモジリアーニのような不幸な例がある。

日本では芸術的天才は古代、中世を通じて比較的認められたといえるだろう。しかし学問の場合には一般に権威や伝統の力が強力であった。芸術の場合でも、江戸時代の狩野派のように個人の創造性より伝統が重んじられた例がある。

七世紀に半島経由で優勢な文化が流入して以来、日本では「学ぶ」とは外国の権威に学ぶことであり、「選ぶ」とは先生を選ぶことであった。

先生は十九世紀以来、中国から欧米に変わり、欧米だけをモデルとする傾向は敗戦以後さらに強まった。この状況では、いくらゆとり教育を行なっても創造性は育つまい。

西欧には自力で文化を創ってきたという自負があり、実際(アメリカを含めて)創造力を認め伸ばす文化と習慣がある。日本も欧米に学ぶならこの習慣を(つまり独立と創造的自由を)学ぶべきだ。欧米に依存しないほとんど唯一の分野は仏教だが、もともと自由と独立を重んじる仏教は、果たしてどこまで権威からの自由を実現しているだろうか。