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歩を大切にする丸田九段の将棋

2007年11月29日付 中外日報(社説)

先日、コンビニで買い物をした。食料品の代金を払おうとすると、レジのアルバイト女子学生はその商品を持ったまま、陳列棚へ走った。「お客様がお持ちの品は賞味期限切れでしたので、取り換えてきました」という。この学生の言動から、さまざまなことを考えさせられた。

まず、十月二日付の本欄に、松本清張の名作『点と線』に触れた部分があったのをご記憶だろうか。この推理小説は、昭和三十年代前半の時代には珍しかったトリックを駆使して話題となったが、話の本筋は中央官庁の汚職事件である。ノンキャリの下級官僚は自殺に見せかけて殺害され、賄賂を贈った業者夫婦も自殺するが、キャリアの上級官僚だけは栄転する。読者には、やりきれなさの残るストーリーだ。

この時代には現実に、多くの役所で汚職が相次ぎ、上司の罪を背負わされて自殺する課長補佐クラスの哀話が、何度も伝えられた。日の当たらない職場で勤務した経験があるためか、松本清張には、下役の目で上司のあさましい姿を描く作品が多かった。

その一方で、わずかな手がかりをもとに着々と証拠を固め、巨悪に迫る刑事像を克明に描いている。刑事もまた、報いられることの少ない下級公務員である。読者は刑事たちの姿に自らを重ね合わせつつ、松本文学の世界に引き込まれるのだった。

下級の職員に罪をかぶせて保身をはかるキャリアたちの手口が"トカゲのシッポ切り"である。役所の中のことだけかと思っていたら、昨今は民間企業の間にも波及しているようだ。特に有力食品メーカーが、賞味期限をごまかしたり、原料の産地を偽装したりの事件で、責任を下へなすりつける傾向が明らかになっている。

不祥事が表面化すると、おわびの記者会見が開かれる。多くの場合、経営陣の第一声は「本社が知らないうちに現場が勝手にやっていた」である。しかし、そうは問屋が卸さない。

内部告発者たちは"往生際の悪い"経営陣を見て、第二、第三の告発をする。その都度おわび会見が行なわれ、結局は「社長が指示していた」「会社ぐるみの偽装だった」ことが明らかになる。北海道の食肉業者の不祥事で、取締役である長男が父親の社長に「本当のことを言いましょう」と促して真相を告げたのは、珍しい例だった。

トップに立つ者が下積みのノンキャリや現場の作業員を軽く見がちな例を見るにつけ、思い出すのは、将棋界の長老で、元日本将棋連盟会長の、丸田祐三九段のことである。今、満八十八歳の丸田氏は、A級を二十四期務めて通算六七九勝を記録。タイトル戦挑戦四回、各種棋戦優勝十回という記録の持ち主だが、現役時代、決して「歩」をムダに使わなかった。

将棋で王将や飛車・角をキャリアにたとえれば、歩はノンキャリの最たるものである。高段者の中には、歩をタダ捨てして相手の大駒を前に釣り出し、手薄になった本陣に王手をかけて勝つという棋風の人も多いようだ。しかし丸田氏は歩を大切にし、やむなく捨てるにしても、必ず重要な働きをさせた。

それというのも丸田氏は戦時中、衛生兵として激戦地に出動、約三百人の兵士の最期を見届けたからだ。大本営の無謀な作戦で、将棋の歩のように死地へ送られる一兵卒の姿をいやというほど見た。それが歩を大切にする丸田将棋の原点になったのだろう――と日本経済新聞のコラムに寄稿したのは、息子の写真家・丸田祥三氏である。

釈尊は一人の子の命の大切さを鬼子母神に教え、イエスは九十九匹の子羊が無事でも残る一匹を探し求める飼い主の寓話を民衆に説いた。「歩のない将棋は負け将棋」という。一歩を大切にする丸田将棋を、法話の話題にしてはいかが。