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平和五原則と五戒

2007年11月20日付 中外日報(社説)

昭和五十三年(一九七八)八月十二日、日中平和友好条約(日本国と中華人民共和国との間の平和友好条約)の協定に北京で両国代表が署名した。

この協定は五条から成り、その要旨は第一条の一項にある。

(1)主権及び領土保全の相互尊重(2)相互不可侵(3)内政に対する相互不干渉(4)平等及び互恵(5)平和共存

そして「両締約国は(中略)すべての紛争を平和的手段により解決し武力又は武力による威嚇に訴えないことを確認する」とある。

要するに覇権主義を否認して、恒久平和の理想を高く掲げた協定である。

右の五ヵ条は通常、平和五原則と呼んでいる。この平和五原則は、第二次世界大戦が終結して九年が過ぎた昭和二十九年(一九五四)に中国首相周恩来とインド首相ネルーとの共同声明で発表したインド共和国と中華人民共和国との関係を規定したものである。これらの五項目は、インドではパンチ・シーラと呼ぶことにした。インドの古典語サンスクリットのパンチャ・シーラのヒンドゥー語である。

いうなれば、ネルーは仏教の人間の行動を規定する教義(五戒)を国家的・国際的水準にまで高めることをめざした、と見ることもできる。その提言を周恩来が了承して、平和五原則が締結されたのである。

この平和五原則すなわちパンチ・シーラは政治的イデオロギー・社会体制の異なる国家の間の平和共存をはかるものとして注目されよう。

その後、中国とアジア諸国、旧ソ連および東ヨーロッパ諸国とアジアの非共産主義諸国家との間にも適用された。そして、また昭和三十年(一九五五)にインドネシアのバンドンで開かれたアジア・アフリカ会議(バンドン会議)で採択された。

このように平和五原則は世界の新しい平和思想として登場するようになった。さらに、一九七八年に日中平和友好条約が締結されたことは、前述の通りである。

さて、平和五原則のパンチ・シーラは仏教の五戒と関係づけられるわけだが、五戒を平和五原則と対照すれば、それは次のようになろう。

(1)相互の領土の保全・主権の尊重=不殺生戒(生命の尊厳を堅守する)(2)不可侵=不偸盗(侵略・収奪しない)(3)国内問題不介入=不邪淫(相互に敬愛する)(4)平等と共栄=不妄語(虚偽の言葉を口にしない)(5)平和共存=不邪見(現実を正しく認識する)

世界の新しい平和思想として登場したパンチ・シーラは、残念ながらわが国では充分に注目されていない。この現状はどう考えたらよいだろうか。

憲法第九条は戦争の放棄、憲法の前文では戦力を保持せず、国の交戦権はこれを認めないとして世界恒久平和の理想を強く打ち出している。

これはパンチ・シーラの原則そのものであるといってよいだろう。さらに、過去において二度の世界大戦を体験した人類の悲願でもあるといわなければならない。

しかるに核兵器廃絶と軍備縮小に逆行して、今や先進各国は軍備増強の一途をたどり、開発途上諸国では民族紛争と宗教対立に起因する内戦の反覆が絶えない。世界の動向に呼応するかのように、わが国がさまざまな理由をつけて国民の知らない間に世界第四位の戦力を保持するようになり、交戦権を是認するような風潮が見えてきたのは極めて危険なことである。

日本人はパンチ・シーラ、つまり平和五原則の精神を死なせてしまってはならない。