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退屈な教科書が学ぶ意欲を奪う

2007年11月17日付 中外日報(社説)

「いまの教科書は、専門バカが作っている。だから子どもには、少しも面白くない」と語るのは、千葉県在住の元教育委員・A氏である。教育問題についてのA氏の意見の一部は、十一月十三日付本欄の、道徳教育問題についての論評で紹介した。

教育委員になるまでマスコミ界で活躍したA氏は、大学では工学部で学んだことから、特に理科系の教育には、一つの主張を持っている。

「理科の教科書が、子どもにとっての"実学"になっていない。例えば電気。電気がいかに生活に役立っているかを教えようとしない。専門バカたちは、プラスの電気とマイナスの電気がどうやって発生するかという理屈を先行させる。子どもは退屈して、理科嫌いになってしまう」

その結果、電気には直流と交流があることを知らない中学生が増える。もちろん、わが家の電灯線の電圧が何ボルトかも知らない。

「ずっと以前に、電気メーカーの東芝が『走る、走る東芝、回る、回る東芝』という軽快なリズムのコマーシャルソングを流していたことがある。電気を利用する楽しさを端的に表現するものだった。今ならインターネットやテレビゲームも歌詞に入れて、愛唱されるかもしれない」

家庭の電灯線がなぜ交流なのか、また高圧送電線から変電所を経由して電気が流される仕組みを教えることを後回しにして、まず退屈な授業を進めようとするカリキュラムに、A氏は疑問を投げかける。

「子どもたちは、自動車や列車に乗ることで、スピード感を体験する。その単位は、時速何キロです。投手の球が一五〇キロと表示されるから、すごい速さだと思う。台風の最大瞬間風速が六〇メートルといっても、ピンとこない。秒速六〇メートルは時速二一六キロと聞けば、高速道路を走る車の約二倍で、新幹線に近いスピードと分かる。そのような"実学"的配慮の行き届いた教科書が少ないのでは?」

水はセ氏(摂氏)零度で氷結し、一〇〇度で沸騰するのが常識だ。ところがテストで「沸騰温度は一〇〇度」と書いただけではバツになる。「標準気圧の場合には」と付記することが要求される。「では、気圧とはなんだ、ということになる。気圧の仕組みは、分かっているようで分かりにくい。ややこしい部分を持ち込もうとするから、授業が足踏みする。ヘクトパスカルという単位が、すぐに説明できますか?」

小学校の教科書に「生まれたばかりのサケの赤ちゃんは、おなかにグミの実のような袋を下げている」と書いてある。「スーパーに売っていないから、児童はもちろん、教える先生もグミの実など一度も見たことがない。おなかの下にあるのがサケの卵のイクラだと言えば、すぐ分かることなのに……」

さてA氏は、理科以外の教科についても注文をつける。一部の高校で、必修科目・世界史の履修もれが問題になったのは記憶に新しいが、生徒から世界史が敬遠されるのは、宗教と関連づけた指導をしないからではないか、と言う。

「世界の三大宗教の由来を知ることで、なぜいま中東で対立が続いているかが分かる。無味乾燥、固有名詞ばかり覚え込まされる世界史が嫌われるのは、当たり前ですよ。宗教を教えれば、古代も中世も"世界のいま"に直結します」。教育界の一部に、宗教アレルギーの強いことが、世界史履修もれを招いた一つの理由だと指摘する。

道徳教育については「道徳心の向上した学校では、すべての教科の学習効果が向上している。しかし道徳教育には、家庭や地域での教育も必要だ」という。しかし現実には、学校教育だけにしわ寄せされる傾向なしとしない。A氏は、地域教育を担うという点で、宗教者に期待するものが大きいのではないか。