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まだまだ足りぬ盲導犬と介助犬

2007年11月10日付 中外日報(社説)

平成十二年五月、筆者はアンコールワット見学のためカンボジアを訪れた。プノンペン市内をバスで移動中、同行の一人が短波ラジオで、入院中だった小渕恵三首相が同月十四日に亡くなったことを知った。バスに添乗していた現地の女性ガイドは、筆者たちの話を聞いて「小渕首相が……」と涙をこぼした。

「小渕さんは今年初め、カンボジアへ来てくださいました。日本の首相のカンボジア訪問は、佐藤栄作さん以来、三十二年ぶりでした」と。別の男性ガイドは「小渕さんはその時、この道路を通過しました。カンボジアには街灯がほとんどなく、沿道の市民はありったけの電灯をともして、小渕さんを歓迎しました」と言葉を添えた。

バスは予定を変更して、日本の援助で完成した橋の上を通過した。「小渕さんにもこの橋を見ていただきました」。日本からの旅行者へのリップサービスもあったかもしれないが、この時のガイドたちの言葉には感銘を受けた。

七年前のことをなぜ思い出したかというと、先日、朝日新聞の「政態拝見」というコラムで、民主党の羽田孜元首相が、九月にタンザニアを訪問したことを知ったからだ。羽田氏は三年前に来日した当時のムカパ大統領に「必ずタンザニアへ行く」と約束した。片道二十二時間かけてその約束を果たした。

現地では道路や学校の建設のため日本の支援を求める声に耳を傾けた。同国の要人は「多くの先進国の政治家が、一度はわが国を訪れたいと言うが、本当に来る人は珍しい」と語ったそうだ。「言ったことを必ず実行するのが、いかにもこの人らしい」とコラムの記者は記していた。

日本の政治家は、ややもするとアメリカやヨーロッパの大国を訪問したがる傾向がある。安倍内閣の末期には「次の内閣改造で更迭する」と名前を挙げられたのに、なお訪米準備をやめなかった閣僚もいた。大国から学ぶところが多いのは分かるが、小渕氏や羽田氏のように、ともすれば軽く見られがちな発展途上国へ足を運ぶのも意義あることだ。国際社会での日本の足場を固める効果もあるのではないか。

さて、カンボジア訪問から帰国した直後に、盲導犬の育成団体に側面的協力をしている元財界人にインタビューしたことがある。当時、日本には九つの関連団体があるが、盲導犬の絶対数はまだまだ足りないとの説明を受けた。

その時、元財界人が強調したのは「盲導犬関連団体の役員には、絶対に政治家を入れない」ということだった。「政治家が介入すると盲導犬の公正な割り当てができなくなる」からだそうだ。「しかし」とこの人は続けた。「この団体の役員名簿には、羽田元首相の名前があるでしょう。羽田さんなら、盲導犬の問題に情実をからませることがないという信頼感があるからです」と。朝日新聞の言葉を借りると「いかにもこの人らしい」といえる。

さて、先日の読売新聞には、車いすの身で同社に入社し、介助犬の助けで取材活動をしている女性記者の手記が連載された。「アトム」と名づけた介助犬との息の合った日常が、淡々とつづられていた。

盲導犬は古代から存在したと伝えられ、一八一九年にウィーンで神父によって組織的な養成が始まったといわれる。日本はかなり立ち遅れたが、それでも日本盲導犬協会は四十年の年輪を重ね、現在は四ケタに近い盲導犬がいる。

これに対して介助犬は、平成時代に入って活動を始めた兵庫県の「シンシア」が第一号で、本格的な取り組みが始まったのは二十一世紀になってから、とされている。介助犬への理解は広がっているものの、実数はまだ二ケタ止まりともいわれる。羽田氏のような信頼感のある理解者の出現を期待したい。