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たったひとつの命を考える運動

2007年10月30日付 中外日報(社説)

◆「たったひとつの命だから/人を疑わないで なかよくしたい/ともだちや先生といっぱい話して/庭の花と花が いっしょにさいているように/人間もくっついていよう」(小学5年生・りんご)

◆大けがをして大学病院に入院していた、たつや君の隣の病室に、同じ五年生の女の子が入院してきた。「元気になって一緒に退院しよう」と約束したのに、女の子は無菌室で抗がん剤治療を受けるようになり、たつや君が退院した日に息を引き取った。母親はたつや君に、それを告げることができなかった。

重い病気だと自覚しながら、周囲には暗さを見せなかった女の子は、たつや君へ別れの手紙を書き残していた。「一緒に退院するという約束を破って、ごめんね。えんぴつが持てなくなってきた。死ぬのがこわいです。さようなら、さようなら」(要旨)。母親はこの手紙を、たつや君にはまだ見せていない。

「たったひとつの命だから/生きたくても 生きることが出来なかった/彼女の分まで頑張って生き抜くこと(中略)/命は ひとつ ひとつだけ」(佐賀市・たつやの母)

◆女の子のT・Hさんは小学校の時、友達がなく、いじめにあった。先生は、知っていながらシカト(無視)する。自殺も考え、やがて不登校になった。

福岡県久留米市に引っ越して、中学生になった。またいじめられるのではないか、と不安を感じていた時に、一人の女生徒から「友達になろう」と声がかかった。その一言がT・Hさんに光を与えた。生まれてはじめて友達ができた。「私はいま、明るく生きています」と彼女は記す。

「たったひとつの命だから/毎日をエンジョイしよう♪」(久留米市明星中・T・H)

◆「フリージア」さんが四歳の時、実父が事故で亡くなった。四年後、母は再婚した。幼い弟は新しい父にすぐなついたが「フリージア」さんはどうしてもなじむことができず、突っ張りながら十五年が過ぎた。「フリージア」さんは求婚された。彼が家へ来て、両親に許しを求めた。今の父は、彼に言った。

「この子は、私の親友の大切な宝物でした。この子が不幸になったら、私はこの子の実父に合わせる顔がありません。必ず、必ずこの子を幸せにしてくれますね?」。今の父が実父の親友だったことを、はじめて知らされた。

今の父は「フリージア」さんと仏壇の前に坐って、実父の遺影に呼びかけた。「おい、この子を嫁に出すぞ。いいか?」。その時、「フリージア」さんは、父が本当の娘として、かけがえのない命を守ってくれたことを知った。

「お父さん、長い間お世話になりました/いっぱい幸せになって(中略)/たったひとつの命を、大切にしてください/母をよろしくお願いします」(二人の父を持つフリージア)

◇       ◇       ◇

福岡県のコミュニティFM局パーソナリティー・岩坂浩子さんは、同県筑後市の主婦や高校生の間で「ワンライフプロジェクト」活動が行なわれていることを知った。いのちの大切さを考えるため「たったひとつの命だから」に続く言葉を集めるものだった。

きっかけは、難病の少女が同県八女市の詩人・童涼景(どう・りょうけい)さんに送った年賀状に、この言葉が記されていたから。少女はあとに、どんな言葉を続けたかったのだろう。みんなで「あとにつなぐ言葉」を持ち寄ろう――。岩坂さんが番組で紹介し、集まった言葉や手記がこのほど東京・地湧社から『たったひとつの命だから』と題する二冊の本として出版された。

「ワンライフプロジェクト」事務局の所在地は〒八三三-〇〇五三 筑後市西牟田三三五七ノ一六。さらなる広がりを……。