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巡拝行を重ねて心豊かに生きる

2007年9月27日付 中外日報(社説)

広島県福山市在住の佐々木弘淳さん=本名・實=は今年六月十七日、念願だった「千ヵ寺巡拝」を果たすことができた。愛知県常滑市の知多四国八十八ヶ所番外・曹源寺(曹洞宗)。平成二年以来、十七年かけての悲願達成である。時は午後一時十分。夏至に近い太陽が、頭の真上に輝いていた。今年が喜寿の佐々木さんは、感動のうちに境内の土を踏みしめた。

平成元年に日本鋼管(現在はJFEスチール)福山製鉄所を定年退職した佐々木さんが四国八十八ヶ所の巡拝を始めたのは、翌二年だった。もともと真言宗の信徒だったし、その年、福山市の高野山真言宗・常福寺の国金伯竹住職を戒師に得度し、「弘淳」の法名を授かっていた。「弘」はもちろん、弘法大師にあやかった一字である。

「でも私は、すべての行程を歩きで通すような熱心な遍路ではない。旅行社のツアーに参加したり、マイカーを走らせたりしました」。それでも八十八ヵ所の全霊場と、別格寺院の二十ヵ寺を満願した時は、何かしら大きな達成感を味わうことができた。それ以来、四国遍路は六回を果たし、いま七回目の巡拝さなかである。

「印象に残るのは、難所の寺ですね。四十五番・岩屋寺は愛媛県久万高原町の山上にあって、ロープウエーも車道もないから、歩いて登るしかありません。登るたびに『今回も元気に登らせていただいた』という気持になります。七巡目の今回は、まだ岩屋寺には到着していませんが、さあ、登り切れるかどうか」

一回目のお四国満願をきっかけに、さらに広く巡礼をしたくなり、西国、坂東に秩父を合わせた百観音に参拝した。続いて篠栗(福岡県)や国東(大分県)など、巡拝ツアーの誘いがあると次々に参加。そのうちに「お参りするなら千ヵ寺を」という目標を抱くようになった。

巡拝の範囲は国内だけでなく、韓国、中国、台湾、タイなどに広がった。特に平成五年十月、弘法大師空海の入唐の故地、中国の赤岸鎮と長安(西安)を訪ねる旅に参加して、空海がより身近な存在に感じられるようになった。

ところで佐々木さんは、巡拝行のほかに、息長く続けていることがある。定年に先立つ八年前に、決心した。「老後に備えて、体と頭脳を動かし続けよう」。まず体は、軟式野球の審判員としてグラウンドを走り回った。頭脳は、中国語を学習すること。指先はワープロやパソコンの駆使に加えて手話の習得のために動き続けた。

野球の審判員は、七十代を迎えて引退したが、その他の活動は続いている。二十年を超す地道な活動が今年の五月、一つの成果を収めた。日本人の聾唖(ろうあ)者の青年が、同じ障害のある中国人の女性と、福山市で国際結婚式を挙げたのだ。

中国語が分かり、しかも手話のできる人は、めったにいない。佐々木さんは、若いカップルが新しい人生に船出できるよう、心をこめて奉仕した。「中国の手話は日本と違っているところが多いので、ボランティア仲間に協力してもらいました。私一人ではできなかったことです」と言うが、こうした菩薩行ができるのも、真言宗徒が言うところのお大師さんの引き合わせであろう。

さて、心豊かに七十代を生きる佐々木さんの足跡を追って、いわゆる団塊の世代が定年を迎え始めた。仏教に関心を持つ人も多い。佐々木さんのアドバイスは「まずお四国を一回、回ること。必ず何か心に響くものがあります。そこを出発点に、それぞれ修行を深める道を見つけたらよいのです」。そして「できれば数年前から、フリーになったら何をするか、心の準備をしておくこと」と言う。それには、檀那寺の住職方も積極的に相談に乗っていただきたい。