|
<<ホーム>> |
|
| 時感断想 − 第60回 |
1、 宗教の役割は 自死・孤独死をめぐって
|
||
|
|
本紙のような専門紙なら、ときに触れられることはあっても一般にはほとんど知られていない「現代における宗教の役割研究会」(通称「コルモス会議」)。ところが、その会長を務めている筆者に対し『毎日新聞』大阪本社の専門編集委員、田原由起雄さんから「心のページ」を開設するに当たって「まずはあなたにご登場願いたい」との話があってほぼ一ヵ月、現に十月二十九日付朝刊にかなり大きい扱いで「宗教の果たす役割は」が掲載されました。 田原さんが質問し、私が応えるという形の記事なのですが、いわゆる"落としどころ"の段になってはたと困ってしまいました。と言いますのも、いまの葬儀事情からペット供養まで、宗教をめぐる話題にはこと欠かないのですが、いざ「現代における宗教の役割は」と大上段にふりかぶられますと、平和問題とか、環境問題とか、もっと広く社会にアピールする面でお役に立つようなことを言う必要があるのではないか、でも、それらは宗教者に固有の役割というより、むしろ一般市民として誰もが担うべき役柄ではないのか、などと考え込んでしまったからです。 もちろん、この問題意識はいまに始まったものではありません。「社会参加仏教」といい、あるいは「社会貢献」といい、いずれにしろ宗教者にしかできない、もしくは語り得ない事柄なのかどうかという点で、これまでにも疑問に思うことがしばしばありました。で、今回の連載コラムでは自死および孤独死をとり上げ、とくに宗教者としてなにを言うべきなのかに焦点を合わせて述べてみたいと存じます。 ただし、どの教団の議論の中にもお見受けする遺族の心のケアといった側面には一切触れませんので、あらかじめご承知おき願います。と申しますのは、そんなことなら、むしろ精神科医か心理カウンセラーに言ってもらったほうが良いと私には思えるからです。 |
||
|
|||
中外日報のホームページに記載されている記事・写真の無断転載を禁じます。
著作権は『中外日報社』に帰属します。Copyright2009,Chugainippoh
このページの最終更新日
2009年12月09日