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| 時感断想 − 第43回 |
1、 宗教人類学の視点 宗教の根幹に霊や呪力 |
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今日では宗教(仏教)人類学を専攻領域とする研究者は少なくないが、一九六〇年ごろは実に寥々たるものであった。当時この研究領域は宗教民族学とか原始宗教と呼ばれており、研究対象は主に各地の先住民(部族)社会の宗教であり、宗教の原初形態であった。 大学院で私が師事した古野清人(一八九九−一九七九)は当時、宗教社会学者としてつとに知られていたが、これからの人類学的宗教研究は宗教人類学と称すべきであると説いていた。そしてその研究対象は仏教、キリスト教、イスラームにも拡大されるべきであるとした。 古野の見解によれば、諸民族の宗教の根幹は霊的諸存在や呪力への信仰にあり、仏教やキリスト教のような創唱(普遍)宗教も、こうした信仰と無縁ではないという。従って仏教の研究も霊や呪力の観念と関連づけて進められるべきだとした。 この見解に対して、少しばかり仏教教理を囓(かじ)っていた私は「仏教の縁起や空の教えは、霊や呪力とは無関係ではないか」と、師に意見した。 古野は答えた。「テクスト的にはその通りであろうが、コンテクスト的にはどうか。この国の仏教徒とされる人たちの宗教生活をよく観察したまえ」。古野との遣り取りの間に明らかになった宗教(仏教)人類学的視点とは、どうやら次のようなものであった。 (1)テクスト(教典・教義)とコンテクスト(社会・現場)を関連的に研究課題化すること、(2)人びとの生活の中に生きている(3)宗教(仏教)を研究対象にすること、宗教(仏教)と霊的諸存在や呪力との関係を検討すること。この三点は今日でもなお意味をもつと考える。 以上のような視点または問題意識を踏まえて現代日本の仏教文化にアプローチすると、何が見えてき、そして何が課題であるのか。事例に拠りながら記してみたい。 |
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このページの最終更新日
2008年04月17日