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  時感断想 − 第27回

 1、    9・11から五年目        模索続く「テロとの戦い」


山内昌之

1、9・11から五年目
模索続く「テロとの戦い」

2、新首相と日本社会
ごまめの歯軋りと嫉妬心





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   9・11同時多発テロから五年目を迎える。この時から世界の政治的風景が変わった。 アメリカのブッシュ大統領は、それまでの消極的な海外関与をかなぐりすてて、「テロとの戦い」なる積極策に 打って出た。
   その手始めは、アルカーイダの根拠地のあるアフガニスタンへの攻撃であり ついで大量破壊 兵器の隠匿を疑ったイラクとの戦争であった。しかし 五年に及ぶテロとの戦いは、その目標とはほとんど反対の 結果をもたらしている。
   まず、国際テロ組織の根絶は、国家対国家の対称型戦争とは相当に勝手の違うことが わかった。
   相手は、アルカーイダのように自爆を覚悟したテロを決行するか、イラクの武装組織のように 自爆テロとゲリラ戦争を組み合わせた攻撃をしかけてくる。目的のためであれば、一般の市民を巻き添えにすることも 辞さない国際テロは、欧米社会の目には個人的人権とリベラルな民主主義に対する挑戦として映るであろう。それ でも、人民の大海や都市の匿名性のなかにひそんでいる限り、テロはなかなか根絶できないものなのだ。
   テロの定義もむずかしい。中東イスラーム世界の人びとは、パレスチナのハマスやレバノンの ヒズボラをアルカーイダのような無差別テロ集団と同一視することをしない。反対に、無差別に子どもを含めた市民を 爆撃するイスラエルの行為は「国家によるテロ」ではないかという憤りもくすぶっている。イスラエルのベイルート 空爆などには沈黙を決めこむアメリカがパレスチナ人やレバノン人の抵抗手段としての個人テロには、バランスを 失した非難を浴びせる姿勢こそ問題ではないか、と。
   確かに、アメリカは中東で和平の使者として十全に感謝されていない。アルカーイダの ような純然たるテロ確信犯と対決するのは必要不可欠だが、中東民主化の努力から生まれた選挙で政権に就いた ハマスをテロ集団とだけ決めこんでいる限り、「テロとの戦い」の前途は厳しいであろう。


(H18.9.12〜

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このページの最終更新日 2006年09月28日