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| 時感断想 − 第16回 |
1、 わが仏道入門 掃き掃除から徹底的に |
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今年は終戦から六十年に当たることから、八月十五日を中心に、戦争の悲惨さを風化させることなく、 しっかりと次代に伝え、二度と戦争を起こすことのない不戦の誓いを新たにする催しが、全国各地で行なわれた。 私は当時十二歳、三月生まれの早上りであったから、旧制中学の一年の時のことである。 実は、私は小学校(当時は国民学校)六年の一学期までは、東京の目黒区に住んでいた。 私が現在住職をしている静岡県の寺の住職に就くことになっていた師父が、当時は東京で某商業学校の教員を していたからである。終戦一年前の昭和十九年は、私にとってもっとも大きな人生の転機となった年である。 既に戦局が厳しさを増し、都会の小学生は全員が疎開をすることが義務づけられ、縁故か集団かを選ばねばなら なくなった。私は師父の師匠(私の孫師匠)が住職をしていた静岡県の曹洞宗正林寺へ縁故疎開をすることに なったのである。 孫師匠は田中霊鑑といい、日置黙仙禅師が可睡斎におられた頃からの隨身で、古叢林と呼ぶに ふさわしい厳格さを具え、孫弟子に当たる私を、疎開学童としては受け入れず、寺の小僧としてなら預るというのが 条件であったという。そのことを師父からいわれ、私は小僧としてやってみようと決心した。私の発心であり、 仏道入門である。 師父に連れられ、夏休み中に寺に来たが、師父が滞在中は「お客さん」、師父が帰った途端に 「小僧」と、その切り換えの早さには子供心にも驚かされた。長い参道と広い境内を持った寺なので、まず外の 掃き掃除を徹底して仕込まれた。集めた落ち葉に少しでも土や石が混っていると、「地球を捨てる気か」といって 叱られた。夜になると、檀家の葬式に連れて行くからといって、長火鉢の縁を火箸でたたきながら、『大悲心陀羅尼』を 一句ずつ口写しに教えてくれたが、今ではそのような指導をしてくれる師僧は、おそらくいまい。有り難いことであった。 |
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