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| 時感断想 − 第1回 |
1、 唯一神教と仏教 目には目を、歯には歯を |
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国民の過半数の反対世論があったにもかかわらず、わが国の政府は、自衛隊イラク派遣を決行した。 昨年五月一日、ブッシュ大統領が戦闘終結宣言をしたが、その後、今日に至るまでゲリラ攻撃は止むことなく頻発している。 戦争中の米英軍戦死者百四十八人、戦闘終結後には二百二十六人の死者を出している。イラク民間人の犠牲者は、初戦以来六千人以上と推定される。 イラク戦争は、端的にいってボタンの掛け違いだった。第一に国連安保理の決議もなく米軍の単独攻撃が開始されたこと、第二に戦争の大義とされた大量破壊兵器が見当たらなかったことである。 こうした状況下でイラクの戦後復興を目的に自衛隊を派遣したのは、米国の不義の戦争結果の泥沼化の尻拭いをしているだけである。 人道支援というのは美辞麗句をつらねたにすぎない。国際的な反戦運動の中でこの戦争をみるとき、九・一一同時多発テロ事件以前に米国が中近東で何をしてきたかは問わない。 けれど、この事件がイラク攻撃の短絡的な誘引となったことは否(いな)めない。 「目には目を、歯には歯を」(『旧約聖書』出エジプト記、レビ記)。これはイラクのバグダッド南方九十キロの地点ユーフラテス河畔の最古代都市遺跡バビロンが栄えた紀元前十八世紀頃のハンムラビ王の制定した法典にある。 「右の頬(ほお)を打たれたら左の頬を出すがいい」(『新約聖書』マタイ伝、山上の垂訓)。 同害報復の思想は、唯一神教であるキリスト教とイスラム教とに全く共通する。 宗教的にみれば、イラク戦争の実質は一神教戦争の様相で憎悪のむき出しそのものである。 釈尊は、静かに説かれている。 「この世の中では、怨みは怨みによって決して静まるものではない。だが、(怨みは)怨みなくしてこそ静まる。これは永遠の理法である」(『法句経(ダンマパダ)』五。拙著『暮らしのなかの仏教箴言集』ちくま学芸文庫、一六四〜一六八ページ)。 |
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